第19話 星を数える者
分散の一件から三日後。
遠均に、一人の男がやってきた。
ぼさぼさの銀髪。
細い体。
分厚い帳面を抱えている。
第一印象。
疲れている。
「ユリアン・クレストと申します」
深く一礼。
「天象観測学者です」
天象。
星だな。
俺は畑の端から言う。
「何しに来た」
ユリアンは帳面を開く。
びっしりと数字。
線。
点。
「星が減っています」
エリシアが息を呑む。
ハルトが眉をひそめる。
「どれくらい」
ユリアンは即答する。
「勇者消失の日、三つ」
俺を見る。
「都市消滅の前後、増減なし」
分散の件。
「ゼロ」
正確だ。
こいつ見えてる。
「どうやって」
ユリアンは空を見る。
「観測塔を持っています」
遠均の外れに小さな塔がある。
あれか。
「星はただの光ではありません」
ユリアンは静かに言う。
「可能性の総量です」
《剪定者》
声が微かに震える。
《……》
ユリアンは続ける。
「剪定とは、未来の固定です」
俺は黙る。
「一つの未来を選び、他を消す」
「知ってる」
「消えた星は戻りません」
エリシアが小さく言う。
「補充は?」
ユリアンは首を振る。
「観測上、補充はない」
つまり。
削れば、永遠に減る。
ユリアンはさらにページをめくる。
「分散は削っていません」
「わかるのか」
「星の配置が変わった」
配置。
《剪定者》
声。
《再配置》
ユリアンが言う。
「あなたは星を動かした」
「消してない」
「ええ」
ユリアンの目が光る。
「これは重大です」
「何が」
「未来は固定せずに調整できる」
静寂。
エリシアが言う。
「それは……」
ユリアンは言う。
「循環を壊さずに制御できる可能性」
遠回りが、理論になった。
俺は空を見る。
星はまだ多い。
ユリアンは低く言う。
「ただし」
きたな。
「星の総量には“閾値”がある」
「閾値?」
「幹が痩せる境界」
俺を見る。
「そこを超えれば、世界は崩壊します」
《剪定者》
声が低い。
《……》
ユリアンはさらに言う。
「私は予測できます」
「何を」
「あと何回削れるか」
空気が凍る。
エリシアが震える。
「……何回」
ユリアンはページをめくる。
数字をなぞる。
「大規模剪定、あと五回」
重い。
「中規模なら二十」
「小規模は?」
「百未満」
沈黙。
俺は笑う。
「思ったより少ないな」
ユリアンは真剣だ。
「あなたが無自覚に使っていたら、もう終わっていました」
事実だ。
最初の頃。
気にせず削っていたら。
もう幹に届いていた。
ユリアンは言う。
「分散は削りませんが、負荷は蓄積します」
「蓄積?」
「星の配置が歪む」
歪み。
都市消滅と同じ言葉。
「分散を繰り返すと」
「大規模補正が起きる」
つまり。
削らないだけでは足りない。
歪みの設計が必要。
遠回りは、設計しなければならない。
ユリアンは俺を見る。
「あなたは神ではない」
「知ってる」
「だが設計者にはなれる」
重い言葉。
エリシアが言う。
「設計?」
ユリアンは頷く。
「均衡の再設計」
《剪定者》
声。
《……興味深い》
ユリアンは続ける。
「戦争をゼロにするのではない」
「減らす」
俺が言う。
「はい」
「そして歪みを均等に逃がす」
理論ができた。
遠回りは感情ではない。
構造だ。
俺は空を見る。
星はまだ多い。
だが有限。
削れる回数も有限。
分散も無限ではない。
カリオスが言っていた。
淘汰は進化。
俺は言う。
「進化も設計できる」
ユリアンの目が光る。
「やりますか」
エリシアが言う。
「やりましょう」
ハルトが笑う。
「面倒が増えましたな」
俺は空を見上げる。
《剪定者》
声が低い。
《設計者か》
「削らない設計者だ」
星は減っていない。
だが。
カリオスはきっと動く。
もっと大きく。
今度は。
幹を直接揺らす。
思想の戦争は。
次の段階へ進む。
削らない未来は。
理論を得た。
だが。
理論は試される。
必ず。




