第17話 止められたのに
遠均の外れ。
簡易の診療所に、一人の少女が座っていた。
年は十二か十三。
灰色の髪。
目はやけに静かだ。
都市消滅の、生存者。
名を、リーネという。
「記憶は?」
医師が問う。
少女は首を振る。
「……光が、落ちてきた」
それだけ。
爆発でも、炎でもない。
光。
世界の補正。
俺は診療所の前で立ち止まる。
入るべきか迷う。
面倒だ。
でも逃げると、もっと面倒になる。
扉を開ける。
エリシアが振り返る。
「レイ」
リーネの目が、俺に向く。
静か。
泣いていない。
それが逆に重い。
俺は言う。
「……悪かった」
何に対してか、わからない。
でも出た言葉はそれだった。
リーネは首を傾げる。
「あなたが消したの?」
「消してない」
「止められたの?」
沈黙。
エリシアが息を呑む。
ハルトが視線を逸らす。
俺は正直に言う。
「たぶん」
リーネの目が、揺れない。
「じゃあ」
一拍。
「止めなかったの?」
重い。
その一言が、胸に刺さる。
最短なら止められた。
削れば。
でも削らなかった。
俺は答える。
「削ると、もっと大きいのが来る」
リーネは理解していない。
当然だ。
「もっと大きいって?」
俺は言葉を探す。
「世界が壊れるかもしれない」
リーネは静かに言う。
「私の町は壊れたよ」
……。
エリシアが唇を噛む。
俺は視線を逸らさない。
「全部は守れない」
リーネは首を傾げる。
「全部守ろうとしてるの?」
痛いところを突く。
俺は黙る。
リーネは続ける。
「一人でも守れたなら、守ったほうがよかったんじゃない?」
正論だ。
読者も思う。
俺も思う。
最短なら。
削れば。
止められた。
《剪定者》
声。
《揺らぐな》
「うるさい」
俺は小さく呟く。
リーネが首を傾げる。
「誰と話してるの?」
「面倒の元」
リーネはじっと俺を見る。
「私、なんで生きてるの?」
その言葉で、空気が変わる。
俺はリーネを見る。
都市は消えた。
数万が消えた。
なぜ、この子だけ。
偶然?
補正の抜け穴?
それとも——
空の奥が、わずかに震える。
《例外》
声。
「何が」
《循環の余白》
余白。
削らなかったから残った、わずかな可能性。
リーネは、削られていない未来の断片か。
俺は膝をつく。
「生きてるのは、意味がある」
自信はない。
でも言う。
リーネは静かに言う。
「じゃあ、次は止めて」
胸が締まる。
最短の誘惑が、再び牙を剥く。
削れば止められる。
次は。
でも削れば。
幹に届く。
リーネは続ける。
「全部じゃなくていい」
「……」
「目の前だけでも」
沈黙。
エリシアが小さく言う。
「レイ」
ハルトが低く言う。
「決断は、あなたに」
俺は空を見る。
星は減っていない。
でも。
削らなかった結果、都市は消えた。
削れば止められた。
削れば。
俺はリーネを見る。
小さい。
でも強い目。
「……考える」
それしか言えなかった。
リーネは頷く。
「うん」
それだけ。
責めない。
泣かない。
ただ。
止めて、と言った。
診療所を出る。
空は曇っている。
《剪定者》
声。
《一人を救うか、未来を守るか》
「二択にするな」
《現実は二択だ》
「違う」
俺は空を睨む。
「三つ目を作る」
《……》
「削らずに、目の前を守る方法」
それがなければ。
遠回りは負ける。
カリオスが正しくなる。
俺は深く息を吐く。
次は。
補正が来たら。
削らずに止める。
その方法を。
作る。
リーネの言葉が、頭から離れない。
止められたのに。
止めなかった。
それが今の俺だ。
でも。
次は違う。
遠回りは、まだ進化していない。
ここからだ。
思想の戦争は。
ただの理屈じゃない。
“目の前”をどう扱うかで決まる。




