第15話 削れば終わる日
それは、前触れもなく起きた。
帝国と連合の交渉が続く中。
南方の小国家が安定し始めた頃。
遠均が“機能”し始めた、そのとき。
北方の辺境都市が、一夜で消えた。
報告は、夜明け前に届いた。
「都市が……消滅?」
エリシアの声が震える。
ハルトが地図を睨む。
「爆発でも、侵攻でもない」
伝令が言う。
「地形ごと消えたと」
俺は立ち上がる。
空を見る。
星は減っていない。
俺は削っていない。
なのに。
都市が消えた。
《剪定者》
声。
《循環の補正だ》
「補正?」
《均衡が緩やかに歪むと、強制的な変化が起こる》
背筋が冷える。
遠回りが、歪みを溜めた。
そして。
一気に吐き出された。
「何人だ」
伝令が顔を伏せる。
「……数万」
沈黙。
エリシアが息を呑む。
ハルトが拳を握る。
俺は空を睨む。
「止められたか」
《削れば止められた》
その言葉が、胸を抉る。
最短なら。
削れば。
一瞬で止められた。
でも削らなかった。
だから。
都市が消えた。
遠回りの代償。
俺は歯を食いしばる。
「なぜそこだ」
《均衡の歪みが集中した地点》
遠均の影響。
交易の流れ。
利害の変化。
全部が絡んで、歪みが溜まった。
そして。
補正。
エリシアが俺を見る。
「レイ……」
責めない。
だが目は問う。
削ればよかったのでは、と。
俺は空を見る。
星は、まだある。
削っていないから。
だが都市は消えた。
最短の誘惑が、牙を剥く。
削れ。
今すぐ削れ。
歪みを全部切れ。
世界を均せ。
星が減る?
知るか。
数万よりマシだろう。
俺は拳を握る。
空間が震える。
削るか?
いまなら。
世界意志も観察中。
枝をまとめて切れば。
歪みは消える。
戦争も、摩擦も。
全部。
《剪定者》
声が低くなる。
《ここで削れば、歪みは消える》
「代償は」
《大きい》
「どれくらい」
沈黙。
星空が、わずかに暗く見える。
《幹に届く》
幹。
世界そのもの。
エリシアが俺の腕を掴む。
「レイ」
震えている。
「削れば、止まるのですか」
正直に答える。
「たぶん」
「たぶん?」
「全部は読めない」
沈黙。
遠均の外で、人々がざわめく。
消えた都市の話が広がる。
恐怖。
不安。
怒り。
遠回りは失敗か?
俺は空を見る。
最短は簡単だ。
削るだけ。
でも幹に届く。
幹が痩せたら。
世界がどうなる?
知らない。
俺は目を閉じる。
畑。
市場。
子ども。
エリシア。
星。
全部を天秤にかける。
最短は、いま。
遠回りは、続き。
俺は目を開ける。
「削らない」
エリシアが息を呑む。
ハルトが目を見開く。
「レイ殿……!」
俺は空に向かって言う。
「補正が起きるなら、補正を吸収する枠を広げる」
《……》
「歪みを一点に溜めない」
遠均を広げる。
利害をさらに絡める。
均衡をゆっくり再編する。
削らない。
《遠回りは、更なる犠牲を生む》
「削れば、もっとでかいのが来る」
《確証はない》
「ある」
俺は空を睨む。
「幹に届くって言ったな」
沈黙。
《……》
図星か。
削りすぎれば、幹が痩せる。
世界そのものが不安定になる。
都市一つでは済まない。
俺は深く息を吐く。
「遠回りで行く」
エリシアが静かに頷く。
涙は流さない。
「では、もっと早く」
「頼む」
遠均を広げる。
利害をさらに密に。
歪みを分散させる。
削らずに。
夜空の星は、減っていない。
だが。
消えた都市の分だけ、重い。
最短の誘惑は、今日ほど強くなかった。
削れば終わる日。
それを、俺は選ばなかった。
遠回りは続く。
犠牲を背負ってでも。
削らない未来のために。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




