第12話 遠回りの代償
遠均が形になり始めて、三日。
市場は拡張され、仮設の宿舎が立ち、交易路の整備も進んだ。
七大国の軍勢は完全撤退したわけではないが、距離を保ち、直接の干渉はしていない。
戦争は、起きていない。
削っていない。
星も減っていない。
――今のところ。
「問題が起きました」
朝一番で、エリシアが険しい顔をしてやってきた。
「何」
「南方で、小規模衝突が発生しました」
「どこ」
「遠均から三日の距離」
遠いな。
「関係あるか」
エリシアは頷く。
「あります」
地図を広げる。
「遠均が交易を吸い始めたことで、南方の関所が収入を失いました」
なるほど。
利害が動いた。
「その関所を支配していた小国家が、隣国に侵攻」
ハルトが腕を組む。
「均衡の微調整、ですな」
削らない。
でも、摩擦は生まれる。
世界意志の言葉がよぎる。
《遅い変化は、摩擦を生む》
当たってるな。
「死者は」
「すでに出ています」
エリシアの声が沈む。
俺は空を見る。
星は減っていない。
俺は削っていない。
でも人は死んでいる。
遠回りは、即効性がない。
ハルトが問う。
「介入しますか」
最短なら。
両軍の武器を消せば終わる。
削る。
でも終わる。
遠回りなら。
利害を調整する。
時間がかかる。
人が死ぬ。
俺は目を閉じる。
面倒だ。
だが。
削らないと決めた。
「まず話を聞く」
エリシアが安堵する。
ハルトは少し驚く。
「戦場へ行かない?」
「行かない」
俺は言う。
「両国の代表を呼べ」
◇
数日後。
遠均の中央に、二つの小国家の代表が立つ。
一方は憤怒。
一方は怯え。
「遠均が我らの収入を奪った!」
「我らは生きるために!」
怒鳴り合い。
俺は畑の端に座っている。
エリシアが仲裁に立つ。
「遠均は交易を独占していません」
「だが人が流れた!」
当たり前だ。
戦場より安全な場所に流れる。
俺は言う。
「関所の税率、いくらだ」
代表が戸惑う。
「三割」
高いな。
「遠均は?」
エリシアが答える。
「一割」
そりゃ流れる。
「下げろ」
俺は言う。
「二割に」
代表が怒鳴る。
「それでは兵が養えん!」
「養わなくていい」
沈黙。
俺は続ける。
「戦争しないなら兵減らせ」
代表が固まる。
「戦争が起きたらどうする!」
「起こすな」
簡単な話だ。
だが。
現実は簡単じゃない。
もう一方の代表が震える声で言う。
「我らは攻められたのです」
利害と恐怖。
遠回りは、感情も扱う。
削れば楽だ。
武器を消せばいい。
でも削らない。
俺は立ち上がる。
「遠均が仲介する」
エリシアが目を見開く。
「レイ」
「税率を段階的に下げろ」
「段階的?」
「三年かけて」
代表が叫ぶ。
「そんな悠長な!」
「悠長でいい」
俺は言う。
「急ぐと壊れる」
世界と同じだ。
削らない。
減らす。
ゆっくり。
代表たちは不満げだが、遠均の後ろには七大国の影がある。
逆らいにくい。
やがて。
渋々合意。
小さな衝突は、停戦へ向かう。
死者は戻らない。
だが増えない。
エリシアが小声で言う。
「遅いですね」
「知ってる」
ハルトが言う。
「だが削っていない」
俺は空を見る。
星は減っていない。
でも。
心が少し削れた気がする。
遠回りは、即効性がない。
人が死ぬ。
削れば止められたかもしれない。
その誘惑が、胸をかすめる。
夜。
俺は一人で空を見上げる。
《剪定者》
声。
《遠回りは犠牲を生む》
「知ってる」
《最短なら、止められた》
「知ってる」
沈黙。
《それでも削らないか》
俺は空を睨む。
「削ると、もっと大きいのが来る」
《……》
「今日の衝突は小さい」
《だが繰り返せば》
「だから枠を広げる」
遠均を大きくする。
利害を絡める。
戦争を減らす。
削らずに。
《遠回りは、試練だ》
「面倒だ」
ほんの一瞬。
星が、強く瞬いた。
消えない。
ただ、瞬く。
世界はまだ、見ている。
俺は深く息を吐く。
遠回りは楽じゃない。
でも。
削らない。
それだけは、守る。
面倒でも。
それが、いまの俺の選択だ。
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