第1話 働きたくない最強
最悪の未来を消せるとしたら、
あなたは何回使いますか?
一回で戦争は終わる。
一回で都市は救える。
一回で悲劇はなかったことになる。
ただし――
星が一つ消えます。
そして、その星は二度と戻らない。
これは、未来を削れる男が
「削らない」ことを選ぶ物語です。
畑に寝転がるのって、なんでこんなに気持ちいいんだろうな。
青空は高い。風はぬるい。土の匂いがする。背中に当たる畝の感触が、ほどよく「生きてる」って感じを伝えてくる。俺は麦の芽がちょろちょろ顔を出したばかりの畑のど真ん中で、両手を頭の下に組んで、堂々と昼寝の準備をしていた。
……いや、準備っていうか、もう半分寝てる。
働きたくない。正確には、余計なことをしたくない。
俺は一度、世界を救った——らしい。
「らしい」というのは、別に謙遜でもなんでもなくて、俺自身の感覚としては「大惨事が起きそうだったから、面倒を先に潰した」だけだ。世界が救われたとか言われても、俺としては、皿洗いを先に片付けた程度の達成感しかない。
その結果がどうなったか。
人々は俺を祭り上げ、英雄だの救世主だの、挙げ句の果てには「国の守護者」だのと言い出した。……やめろ。守護なんて面倒な仕事、引き受けるわけないだろ。
俺の願いはシンプルだ。
畑を耕して、腹が減ったら飯を食って、眠くなったら寝る。
それでいい。
それで良かったはずなんだけど。
――ぐらり。
遠く、空の向こうが歪んだ。
嫌な予感って、当たるとムカつくよな。
俺は片目だけ開けて、空を見た。青のキャンバスの端が、墨を落としたみたいに黒ずんでいく。そこから、何かが“落ちてくる”気配がした。
「……あー」
やだなあ。
面倒だなあ。
俺の畑、踏まれたら困るんだけど。
黒ずみはみるみる広がり、空に円形の穴みたいなものが開く。穴の向こう側は赤黒く、熱を孕んだ空気が渦を巻いていた。そこから、火の塊——いや、岩だ。燃え盛る巨大な岩が、轟音を引き連れて落下してくる。
隕石。とてもシンプルに、隕石。
物語なら、ここで村人が悲鳴を上げて、勇者が立ち上がって、神々しいBGMが流れて——とかなるんだろうけど、残念ながらここには村人もBGMもいない。
いるのは俺と、俺の畑だけ。
「……畑が、消えるな」
隕石は畑の真上だ。見上げるだけで首が痛くなるほど高い位置から、でかい熱量が迫ってくる。落ちたらこの辺一帯が丸ごと更地になる。俺の昼寝場所も、俺の麦も、俺の作業小屋も、全部だ。
最悪。
心の底から最悪。
でも、立ち上がって逃げるのも面倒だし、畑を作り直すのはもっと面倒だ。
つまり答えは一つ。
隕石が落ちないようにする。
俺はのっそりと上体を起こし、土の上に座った。膝に肘を置いて頬杖をつく。傍から見たら、世界の終わりを前にしてやる気のない農夫が一人、空を眺めているだけだ。
実際そうだ。
「……落ちない未来、優先」
口に出すのは、もう癖みたいなものだ。
俺の力は、派手な光も、詠唱も要らない。魔法陣も武器もいらない。必要なのはただ、世界の“優先順位”を一段いじること。
世界には可能性がある。
隕石が落ちる可能性も、落ちない可能性も。
なら、落ちない可能性を最優先にしてしまえばいい。
――コトン、と。
誰かが机の上のコップを置いたみたいな、妙に生活感のある音がした。
次の瞬間、空の穴が、なかったことになった。
さっきまで轟音を立てて迫ってきた隕石も、最初から存在しなかったみたいに消えている。空は青い。雲はゆっくり流れ、鳥がのんきに鳴いている。
世界は何事もなかったかのように、平常運転だ。
俺はふう、と息を吐いた。
「……よし」
これで昼寝できる。
俺は再び畑にごろんと寝転がった。さっきまでの緊迫感は、麦の芽と一緒に土に埋めてしまった。いや、緊迫感ってほどでもなかったけど。
背中に土。視界いっぱいの空。耳に風。
完璧。
――と思ったところで。
遠くから、カンカンカン、と金属音が聞こえてきた。
足音も複数。馬のいななき。鎧が擦れる音。人の声。
「まじか」
俺は起き上がりたくなかった。
でも、声は確実にこっちに向かってきている。畑の外、雑木林の方からだ。村道を通ってこの辺りに来るやつは限られている。だいたい“面倒な用事”を持ってくる連中だ。
ほら、案の定。
「——レイ殿! レイ殿はおられるか!」
叫び声が飛んだ。
うわ、知ってる声だ。騎士団の隊長、たしか……名前は忘れた。覚える気がない。覚えたら責任が増える。
俺は寝転がったまま、片手だけひらひら振った。
「いる。畑にいる。見ればわかるだろ」
草を踏む音がざわざわ近づく。鎧の連中が畑に入ってくるの、やめてほしい。苗、踏むなよ。まじで。
先頭に立つ男が、息を切らして俺の前に膝をついた。額に汗。顔は真剣。背後には騎士が十人ほど。全員が緊張している。俺の畑の上で。
「お、お時間を頂戴したく……!」
「畑から出て話せ」
「はっ!」
隊長が慌てて立ち上がり、騎士たちを下がらせる。よし。話が通じるだけマシだ。
俺も渋々起き上がり、畝の間を歩いて畑の外に出た。草の上で止まると、隊長が改めて頭を下げる。
「先ほどの……空の裂け目と隕石のようなもの。レイ殿が止めてくださったのですね」
「たぶん」
「たぶん、ではなく……!」
隊長は言いかけて、俺の目を見て黙った。賢い。俺に強く言うと面倒なことになるとわかっている。
「……失礼しました。ですが、あれは“勇者召喚陣”の暴走に起因する可能性が高いのです」
「勇者?」
「あの……ご存知ありませんか。隣国が近ごろ、勇者召喚を……」
俺は片目を細めた。
勇者召喚。嫌な単語だ。世界が面倒になる匂いしかしない。
「やめとけって言ったよな?」
「……申し訳ありません。こちらの国が止める権限はなく……」
権限。政治。外交。面倒の塊。
隊長は苦しそうに続ける。
「召喚陣が暴走し、このままでは次の“落下”が都市部に……。レイ殿、どうか……!」
俺は空を見上げた。
青い。何もない。さっきまで世界の終わりがぶら下がってたのが嘘みたいだ。
俺の畑は無事だ。今はそれだけでいい。
いい、はずなんだけど。
都市部に落ちたら……まあ、死ぬよな。たくさん。俺が知らない誰かが。知らないから関係ない、って言い切れるほど、俺は冷たくはなれない。なれたらもっと楽なのに。
俺はため息をついた。
「……わかった。様子だけ見る」
隊長の顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます! すぐに案内を——」
「ただし」
俺は指を一本立てた。
「俺の畑、踏むな」
「はっ! 以後、絶対に!」
「あと、俺を英雄扱いするな。面倒だ」
「……努力いたします!」
努力とかいう曖昧な返事、嫌いなんだよな。まあいい。今は。
俺は雑木林の方を歩き出した。騎士たちが慌てて後ろにつく。隊長が横に並び、神妙な顔で言った。
「レイ殿……先ほどの現象を止める際、何か異変はありませんでしたか」
異変?
俺は首をかしげた。
隕石が消えた。それだけだ。
……いや。
一瞬だけ、妙な感覚があった。
空が“薄く”なったような。世界が、一枚紙をめくられたみたいな。
でもそれを言うと、また面倒が増える。
俺は肩をすくめる。
「別に。昼寝の邪魔されたくらい」
隊長は真面目に頷いた。
「なるほど……」
なるほどじゃない。
俺は心の中で突っ込みながら歩く。
畑の外は、やっぱり面倒だ。
でも。
放っておいたら、もっと面倒になる。
だからやる。
働きたくないからこそ、先に働く。
俺は今日も、最短で面倒を潰しに行く。
その先に何があるかなんて、今は考えない。
考えたら、たぶん眠れなくなるから。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
当面の間は、1日に3話を投稿予定です。
ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




