魔王の日常
スミ・リョウガという少年は、世界で最も「静か」で、最も「騒がしい」存在だ。
彼が街を歩けば、雑踏は潮が引くように割れる。
すれ違う人々は皆、呼吸を止める。
一つは、彼があまりにも美しすぎるから。
夜の闇を切り取ったような黒髪、彫刻のように整った鼻梁、そして見る者を射抜くような鋭い瞳。
黙って立っているだけで、そこが映画のセットになるほどの**「圧倒的なイケメン」**だ。
だが、人々が道を譲る本当の理由は別にある。
本能が警鐘を鳴らすのだ。
「これに近づくな」と。
ジジジ……。
彼がコンビニエンスストアの自動ドアをくぐると、センサーが誤作動を起こして微かに火花を散らした。
ギフト**『魔王』**。
常に身体から溢れ出る破壊の波動。
彼にとって、この世界はあまりにも脆い。
(……プリン)
リョウガは、陳列棚の前で足を止めた。
その思考は極めてシンプルだ。
難しいことは考えない。直感と本能。
彼は、一番奥にある「期間限定のプレミアムプリン」に手を伸ばした。
周囲の客が、遠巻きに彼を見つめる。
「すごい……」「モデルか?」「いや、なんか怖くないか?」
黄色い声援と、生物的な恐怖が入り混じる奇妙な空間。
リョウガは何も気にしない。
ただ、商品を手に取る。その指先がわずかに震える。
力を入れれば、プラスチックの容器など原子レベルで崩壊する。
彼は、爆弾処理班のような繊細さで、たかが数百円のプリンをカゴに入れた。
その横顔は、憂いを帯びた貴公子のように美しいが、やっていることはただの「お使い」だ。
◇
「……ただいま」
古びたアパートの一室。
重い鉄扉を開けた瞬間、リョウガが纏っていた「死の気配」が、フッと霧散した。
外では鋭利な刃物のような彼が、ここだけは「鞘」に収まる。
「にーに! おかえり!」
ドタドタと廊下を走ってきたのは、5歳の妹、ミナだ。
ふわふわの髪を揺らし、リョウガの足元に飛びついてくる。
この世界で唯一、彼を恐れず、彼の「破壊」が届かない聖域。
「ん」
リョウガは短く答え、しゃがみ込んだ。
その動作だけで、足元の床板がミシリと悲鳴を上げる。
彼はそれを無視して、妹の頭に大きな手を乗せた。
もし彼が気を抜けば、この小さな頭蓋など卵の殻のように砕けてしまう。
だから彼は、全神経を指先に集中させる。
世界を滅ぼせるほどの魔力を、ミリ単位で制御し、ただ「撫でる」という行為に変換する。
その瞳は、外で見せる冷徹さとは無縁の、穏やかな光を宿していた。
「プリン、ある?」
「ある」
リョウガは袋から戦利品を取り出した。
容器には、指の跡がくっきりと白く残っている。
壊さないように必死だった証だ。
「わあ! プレミアムだ! にーに、大好き!」
ミナが彼の首に抱きつく。
リョウガは妹の背中に手を回し、抱き上げようとして――止めた。
自分の制服のボタンが、魔力の余波で弾け飛びそうになっていたからだ。
危ない。
「……ミナ。降りて」
「えー? だっこ!」
「服が、壊れる」
「またー? にーに、筋肉ありすぎ!」
ミナはケラケラと笑って、リョウガの頬をつついた。
筋肉ではない。魔力だ。
だが、リョウガは訂正しない。
妹にとって、自分は「強くてカッコいいお兄ちゃん」であればいい。
「歩く災害」である必要はないのだ。
「……食べるか」
「うん!」
小さなテーブルに向かい合う、美しすぎる魔王と、無邪気な天使。
リョウガは黙って、妹がプリンを頬張る姿を見つめていた。
言葉はいらない。
彼のシンプルな世界は、この笑顔が守れればそれで完成している。
ただ、彼がスプーンを持つ手が、うっかり力を入れすぎて、スプーンの柄を飴細工のように捻じ曲げてしまったことだけが、この平和な時間の唯一のノイズだった。
「あ、またやった!」
「……曲がってる方が、食べやすい」
「うそつきー!」
静かな部屋に、不器用な魔王の、小さな敗北が響いた。
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