ライフスタイル
休日の朝。
都会の真ん中にある、ギフト保持者専用のトレーニングジム。
最新鋭のマシンが並ぶフロアで、私は自分の心拍数と睨めっこをしていた。
(心拍数145、維持。乳酸値の上昇率、想定内。あと3セットで目標負荷に到達)
私はランニングマシンで走りながら、脳内で完璧な身体管理を行っていた。
私のギフト――あの恥ずかしい「バニーガール化」の能力は、単なる**『強運』**だ。
変身しても、筋力が上がるわけでも、足が速くなるわけでもない。
ただ「ラッキーなことが起きる」だけ。
だからこそ、私は走る。
もし戦場で「運」が尽きたら? 魔法が使えない状況になったら?
その時、私に残るのはこの貧弱な体だけだ。
運なんて不確定なものに命を預けたくない。私が信じられるのは、積み上げた数字と筋肉だけ。
「素」の自分自身のスペックを上げること。それが、私が私であるための唯一の防波堤だ。
息を整え、汗を拭う。
ふと横を見ると、隣のエリアで轟音が響いていた。
「んんっ、しょーッ!!」
ガシャン!!
ウェイトスタックが悲鳴を上げている。
カミムラ ジュンだ。
彼女はベンチプレスで、私の倍以上の重量を軽々と持ち上げていた。
「ぷはーっ! いい汗かいたー!」
彼女が起き上がると、黄金色のポニーテールがバサリと揺れた。
スポーツブラにレギンスというラフな格好だが、その肢体は健康的で、溢れんばかりの生命力に満ちている。
私の体が「計算して維持している張りぼて」だとしたら、彼女の体は「生まれつきの強靭なエンジンの器」だ。
「アオイ! もう終わり? 私、あと30分走ってくる!」
「……元気ね、ジュン。オーバーワークには気をつけて」
「平気平気! 動かないと、魔力が余って体が熱くなっちゃうんだもん」
彼女は笑って、マシンへと駆けていく。
その眩しい笑顔に、ジムにいた男性客たちの視線が一斉に吸い寄せられていた。
「おい、あれ『炎の魔女』のカミムラじゃないか?」
「すげえスタイル……隣の子も、モデルみたいに綺麗だな」
「特進科の二人組か。高嶺の花だな」
囁き声が聞こえる。
私は少し居心地が悪くて、タオルで顔を隠した。
目立つのは嫌いだ。評価されるなら、容姿ではなく成果で評価されたい。
けれど、ジュンはそんな視線など空気のように気にせず、ただ純粋に体を動かすことを楽しんでいる。
(……この違いは、なんなんだろう)
タイラ先生の言葉が蘇る。
『自分を認めろ』『ギフトは呼吸だ』。
ジュンを見ていると、その意味が痛いほどわかる。
彼女にとって、運動も、魔力も、生きることそのものと直結しているのだ。
一方の私は、自分のギフト(運)を信じられず、必死に「物理的な努力」で埋め合わせようとしている。
その差が、このジムでの過ごし方にもはっきりと出ていた。
◇
「いただきまーす!!」
ジムの後のランチタイム。
私たちは人気のイタリアンカフェに来ていた。
テラス席。春の風が気持ちいいが、テーブルの上は戦場だ。
「海老とトマトのクリームパスタ大盛り! ピザ一枚! あとシーザーサラダと、デザートにパンケーキ!」
ジュンの前には、パーティかと思うほどの料理が並んでいる。
彼女のギフト『炎熱支配』は、膨大なカロリーを消費する。だから、食べても食べても太らないらしい。
一方、私は。
「……ミネストローネと、蒸し鶏のサラダ。バゲット一切れ」
栄養バランスとカロリー計算に基づいた、完璧な食事。
ジュンの豪快な食べっぷりを眺めながら、私はサラダを口に運んだ。
「ん~っ! 美味しい~! アオイも一口食べる? ピザあげるよ!」
「ありがとう。……ねえ、ジュン」
私はフォークを置いて、ずっと気になっていたことを聞いた。
「ジュンはさ……自分のギフトのこと、どう思ってる?」
「え? どうって?」
ジュンは口の周りにトマトソースをつけたままで、キョトンとしている。
「その……強力すぎる力とか、周りからの期待とか。プレッシャーになったり、自分が自分でなくなるような怖さとか、ないのかなって」
これは、私自身の悩みだ。
自分のギフトを受け入れられない葛藤。
それを、天才である彼女はどう処理しているのか知りたかった。
ジュンは「うーん」と少し考えてから、ピザをぱくりと齧った。
「あんまり考えたことないなぁ」
「考えないの?」
「うん。だってさ、私が『お腹空いた!』って思うのと、『火を出したい!』って思うの、同じ感じなんだもん」
彼女はニカッと笑った。
「アオイはさ、息を吸う時に『よし、今から酸素を取り込むぞ』って悩まないでしょ?
私にとってギフトはそんな感じ。
私が私でいるために、必要なもの。
だから、怖いとか嫌いとかじゃなくて……なんていうか、『セット』?」
「セット……」
「そ! カミムラ・ジュンというセット商品に、たまたま『炎』がついてただけ!
返品不可だし、使い倒した方がお得じゃん?」
あまりにもあっけらかんとした答え。
けれど、そのシンプルさが、私の胸にストンと落ちた。
私は今まで、自分とギフトを切り離して考えていた。
「東雲葵」という高尚な精神と、「バニーガール」という低俗な能力は別物だと。
でも、彼女は違う。すべてひっくるめて「自分」なのだ。
(返品不可、か……)
ふと、自分の内側にある「あの力」を意識してみる。
私の意志とは関係なく、そこにある奇妙な胎動。
それを「敵」だと思っていたけれど、もしかしたら、ただの「機能」なのかもしれない。
私が私であるための、ちょっと変わったパーツ。
「アオイ? どしたの? サラダ食べないなら貰っちゃうよ?」
「……ふふっ」
私は思わず吹き出した。
彼女の前では、悩んでいるのが馬鹿らしくなる。
「いいえ、食べるわ。……今日はチートデイにして、デザートも頼もうかしら」
「お! いいねいいね! パンケーキ半分こしよ!」
日差しの下、私たちは笑い合った。
ジム帰りの二人の美少女。
片方は底なしの胃袋を持つ天才。
もう片方は、少しだけ肩の力が抜けた優等生。
タイラ先生の言っていた「認める」という感覚が、ほんの少しだけ、わかった気がした休日だった。
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