入学
春の陽射しが、校舎のクリスタルガラスに反射して眩しい。
国立ギフト育成高等学校。
ここは、選ばれた人間だけが足を踏み入れることを許される聖域だ。
私は新品のローファーを鳴らし、1年A組の教室へと向かう。
背筋はピンと伸びているはずだ。表情も、クールな才女を演じきれているはずだ。
けれど、内心は冷や汗で溺れそうだった。
(私がここにいるなんて、何かの冗談よ……)
入学試験の実技判定は「エラー」。
合格通知が届いた理由は、私の実力ではない。
あの日、やけくそで発動した「バニーガール化」が引き起こした副作用――**『強運』**だ。
たまたま試験官の機材が故障し、たまたま過去のデータが参照され、たまたま「未知数の有望株」として処理された。
運も実力のうち? 冗談じゃない。
私は、自分の能力と努力で、論理的に社会貢献がしたいのだ。
「運が良くて成功しました」なんて、私のプライドが許さない。
憂鬱な気分で教室のドアを開けた、その時だった。
「……うわ」
思わず声が漏れた。
教室の空気が、そこだけ切り取られたように異質だったからだ。
窓際の一番後ろの席。
そこに、スミ リョウガがいた。
息を飲むほど、美しい男だった。
気だるげに頬杖をついているだけなのに、まるで映画のワンシーンのように絵になっている。
少し長めの黒髪から覗く瞳は、夜の湖のように深く、冷たい。
整いすぎた顔立ちは、作り物めいていて、近寄りがたい神聖さすら感じさせる。
けれど、私の肌は本能的に粟立っていた。
彼の周囲だけ、陽の光が歪んで見える。
ただ座っているだけで、周囲の空間が微細に震え、魔力素が悲鳴を上げているのだ。
ギフト『魔王』。
破壊と支配の化身。
圧倒的な「美」と、触れれば消し飛ぶような「死」の気配が同居している。
クラスメイトの女子たちが、頬を染めながらも遠巻きに彼を見ている。近づきたいけれど、近づけない。本能が「捕食者」だと告げているからだ。
(あんなのが、同級生……?)
努力とか、勉強とか、そういう次元じゃない。
神様が気まぐれで作った「災害」だ。
私は自分の席に鞄を置いたけれど、手が震えて止まらなかった。彼と自分が同じ「人間」だとは到底思えなかった。
「……授業、始めるよ」
不意に、教壇から声がした。
私はビクリと肩を跳ねさせた。
いつから、そこにいたのだろう?
ドアが開く音もしなかった。足音もなかった。
まるで最初からそこの空気に溶けていたかのように、一人の男が立っていた。
担任、タイラ レン。
着崩したシャツに、眠たげな瞳。
一見すると、だらしない優男にしか見えない。
けれど、あまりにも「掴めない」。
彼を見ていると、距離感が狂うのだ。すぐ近くにいるようにも見えるし、遥か遠くの景色を見ているようにも見える。
まるで蜃気楼か、幽霊。
「出席は……まあ、いいか。ここにいるのが『縁』があった連中だろうし」
タイラ先生はあくびを噛み殺しながら、チョークも持たずに黒板の前に立った。
教育への情熱など微塵も感じられない。
「俺は細かいことは教えない。教科書通りの魔法が使いたいなら、AIにでも習えばいい」
先生の視線が、ふらりと宙を彷徨い、そして――
ふと、私の上で止まった気がした。
ドキリとした。
見られた、という感覚すらない。
ただ、私の心の奥にある「隠し事」の場所に、すっと冷たい風が吹き抜けたような感覚。
「……無理して力んでる奴がいるな」
先生は独り言のように呟いた。
「力を込めれば強くなると思ってるうちは、二流だ。……本当に強いのは、居つかない奴だよ」
「居つかない」?
どういう意味?
私が首を傾げていると、先生の視線はすでに窓際のスミ・リョウガへと流れていた。
スミ君もまた、興味なさそうに先生を一瞥しただけだ。
けれど、私には見えた気がした。
今、この二人の間で、目に見えない火花――いや、次元の断層のようなものが一瞬だけ衝突したのを。
(なんなの、この学校……)
美しい破壊者と、幽霊のような達人。
そして、その間で震えている、バニーガールの私。
私の「ギフテッド・ハイスクール」生活は、
期待とは程遠い、理解不能な混沌の中から始まった。
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