選抜試験
6月。
梅雨の湿気が肌にまとわりつく季節。
ホームルーム終了間際、担任のタイラ先生ではなく、副担任が興奮気味に一枚のプリントを黒板に貼り出した。
「えー、知っての通り、来月は『全国高校対抗魔法戦』の校内選抜試験を行う!」
教室がドッと沸いた。
それは、国内のギフト育成校が競い合う、年に一度のビッグイベント。
企業のスカウトマンや政府関係者も注目する、エリートへの登竜門だ。
「選抜枠は各学年5名! 我こそはと思う者はエントリーするように!」
クラスメイトたちが色めき立つ。
「スミとカミムラは確定だろ」「あと3枠か……激戦だな」
私は、配られたエントリーシートを机の上に置いたまま、動けなかった。
視界の端で、カミムラ・ジュンが不敵な笑みを浮かべていた。
「へえ、全国対抗戦……。いいね、やっと本気出せる場所が来たって感じ」
彼女は拳を鳴らし、静かに、けれど熱のこもった瞳で黒板を見つめていた。
それは単にはしゃいでいるのではない。
自分の「炎」を思う存分解放できる戦場を、心の底から待ち望んでいる強者の顔だった。
一方、スミ・リョウガは相変わらず無関心そうに窓の外を見ているが、彼の実力なら推薦で勝手に選ばれるだろう。
(……私には、関係ない)
私はプリントをクリアファイルに仕舞い込んだ。
あれは、彼らのような「光の当たる場所」にいる人間のための祭りだ。
バニーガールに変身して、運任せで逃げ回るだけの私が立っていい舞台じゃない。
全国中継で恥を晒すなんて、考えただけでも吐き気がする。
◇
放課後。
いつもの道場。
雨の音が、屋根を叩いている。
私はジャージを肩から羽織っただけの姿で、黙々と雑巾掛けをしていた。
上着の袖を通さないスタイルにも、だいぶ慣れてきた。
肌に触れる湿った空気が、私のギフトである『強運』のアンテナを微かに刺激しているのが分かる。
「……で、出ないのか?」
道場の隅で、あぐらをかいて茶を啜っていたタイラ先生が、唐突に口を開いた。
私の鞄から少しはみ出ていた、選抜試験のエントリーシートが見えたらしい。
「出ませんよ。私なんて場違いです」
私は手を止めずに答えた。
「私のギフトは戦闘向きじゃありません。
それに……もし運が悪くて変身が解けたりしたら、社会的に死にます」
「ふうん」
先生は興味なさそうに天井を仰いだ。
「もったいないな」
「もったいない?」
「道場で俺相手にチャンバラごっこをするのもいいがな。
『運』ってのは、混沌の中でこそ一番輝くもんだ」
先生が茶碗を置く。
「お前、最近動きが良くなってきた。
『思考を捨てる』感覚も、少しずつ掴んできている。
だが、所詮は俺という『安全な壁』に向かって打っているだけだ」
図星だった。
私は心のどこかで、先生に甘えている。
先生は私を傷つけない。私の秘密を笑わない。
この道場は、私にとって居心地の良いぬるま湯だ。
「対抗戦の選抜は、何が起こるか分からん。
ルール無用、実力行使のサバイバルだ。
お前のその臆病なウサギの勘が、本番でどこまで通用するか……試してみたくはないか?」
「……試す」
「おう。ダメなら負ければいい。
誰も期待してないんだ、気楽なもんだろ」
先生はニヤリと笑った。
「誰も期待していない」。
その言葉は残酷だけど、不思議と私の肩の荷を下ろしてくれた。
私は雑巾をバケツに放り込み、立ち上がった。
肩にかけたジャージが揺れる。
「……もし、私が選抜に通ったら、何かいいことありますか?」
「そうだな。もし通ったら、焼肉でも奢ってやるよ」
「安いですね。……でも、悪くないです」
私は鞄から、くしゃくしゃになりかけたエントリーシートを取り出した。
ペンを走らせる。
『東雲 葵』。
安全圏からの脱出。
それは、私が「ただの優等生」から「何者か」になるための、最初の一歩だった。
あおいの成長を応援したくなったら、下にある『☆☆☆☆☆』から評価をいただけると執筆の励みになります! ブックマークもぜひお願いします!




