第7話:食卓の冷戦、そして父の忠告
レストランの空気は一瞬にして凍りつき、エアコンの稼働音だけが虚しく響いていた。リンはバッグのストラップをきつく握りしめ、言葉にできない複雑な視線で僕を射抜いている。一方、フェース先輩は薄い微笑みを絶やさない。だが、その笑顔の裏にはゾッとするような凄みがあり、僕は背筋が凍る思いだった。
「座りなさいよ、リンさん……。それともサン君の『古いお友達』は、私たちと同じテーブルにつくのが嫌かしら?」
フェース先輩がもう一度促し、自分の隣のスペースを空けた。
「いえ……。ありがとうございます、『先輩』」
リンは「先輩」という言葉に刺のある重みを込めて答え、僕の正面に腰を下ろした。
両親たちは困惑した様子でこの状況を見守っている。僕の父さんが火花を察知したのか、沈黙を破ろうと口を開いた。「おお、リンちゃんじゃないか。久しぶりだな。元気だったか?」
「はい、おじさん」リンは答えながら、僕をちらりと見た。「まさかサンが技術学校に入って、こんなに『モテモテ』になってるなんて思いませんでした。学校の外まで、こんなに綺麗な先輩がついてくるなんて」
僕は冷や汗が止まらない。「違うんだ、リン。僕たちはただ……」
「ただの、人には言えない『秘密』の関係よね?」
フェース先輩がさらりと言ってのけた。そして当然のように、僕のお皿に料理を取り分ける。「サン君、たくさん食べてね。最近は実習も忙しいし、誰かを『守る』体力がなくなっちゃうといけないから」
リンの顔がこわばった。「サンは昔から押しに弱いんです、先輩。ただ義務感で動いているか……あるいは断れないだけかもしれませんよ」
「あら、そうかしら? 私が見る限り……サン君はとても楽しそうよ。特に、私たちが『二人きり』でいる時はね」
ドカン! まるで食卓の真ん中に雷が落ちたような衝撃が走る。両親たちは箸を置き、お互いの顔を見合わせ始めた。母さんが父さんに「これ、どういうことなの?」と小声で問い詰めているのが聞こえる。
爆発寸前の空気の中、フェース先輩は小さく笑い、両親たちに向き直った。「皆さん、驚かないで。今の、冗談ですよ。リンさんは古い友人として、サン君に挨拶したかっただけですから」
しかし、リンが何かを言い返す前に、先輩は彼女に身を乗り出した。そして、僕を含めた三人にしか聞こえない低い声で囁いた。
「過去は過去よ……。美しい『現在』を壊そうとしないで。もしサン君があなたのせいで困るようなことになったら……私、見た目ほど優しくないわよ」
リンは一瞬沈黙し、顔色の悪いまま立ち上がった。「……急な用事を思い出しました。おじさん、失礼します」
リンが店を飛び出していった後、食卓にはまだざわついた空気が残っていた。フェース先輩は僕を見て、いつもの満面の笑みを浮かべた。
「続きを食べましょう、サン君。デザートは、君のために特別に注文しておいたからね」
僕は先輩を、尊敬と少しの畏怖が混ざった目で見つめた。今日の教訓……フェース先輩だけは、絶対に怒らせてはいけない!
リンが店を去った後、和やかさは戻ったものの、どこか疑念を含んだ静けさが漂っていた。フェース先輩は何事もなかったかのように、僕に料理を取り分け続けている。
「なあ……サン」父さんが沈黙を破った。「リンちゃん……相変わらずだったな。でも、この先輩さんは、父さんの想像以上にサンを『面倒』見てくれてるみたいだな」
僕は赤面して頷くしかなかった。フェース先輩は誇らしげに微笑む。「サン君は努力家ですから。勉強も……それから『忍耐』についても、彼をサポートしてあげたいんです」
先輩の言う「忍耐」という言葉に、僕はスープを吹き出しそうになった。食事が終わり、店の前で解散することになった。先輩の両親が先に車へ向かうと、フェース先輩は僕を見送りに来た。
「また明日ね、私の『ヒーロー』君」
彼女は僕にしか聞こえない声で耳元に囁き、機嫌よさそうに家族の元へ戻っていった。
帰りの車中、運転席の父さんが、真剣な声で言った。
「サン……。恋愛に口出しはしないが、あの先輩……ただ者じゃないぞ。見た目よりもずっと『手強い』。あの道を行くつもりなら、今の何倍も強くならなきゃいけないぞ」
僕は車の窓の外を眺めながら、ポケットの中の**『S』**のキーホルダーを握りしめた。
二人だけの秘密だったはずのものが、過去や家族まで巻き込み始めている。この「実習」はどんどん難易度が上がっていく……。けれど、そのプレッシャーの中で、僕は彼女にふさわしい男になりたいと強く願っていた。
騒がしい月曜日が終わろうとしている。だが、明日のポワチョー校には、さらなる波乱が待ち受けていることを僕は確信していた。




