第4話:秘密の亀裂と、抑えきれない独占欲
数週間が過ぎ、**『S』**のキーホルダーはバッグの奥深く、僕とフェース先輩の関係と同じようにひっそりと隠されていた。ポワチョー技術専門学校の暗がりで育んできた僕たちの関係は、静かに、しかし確実に深まっていた。
しかし、その日の朝、静かな日常に亀裂が入った。
「なあフェース、放課後駅前の新しいカフェに行かないか?俺の奢りだぞ」
声の主はケン先輩。スポーツのスターで、誰もがフェース先輩にお似合いだと認める男だ。僕は教室へ向かう足を止め、立ち尽くした。
「あ……すみません、ケン先輩。今日は用事があって」
フェース先輩は丁寧な笑顔で答えたが、バッグのストラップを握る手に力が入っているのが見えた。彼女の視線が、一瞬だけ遠くにいる僕を捉えた。
「用事ってなんだよ?前も断られただろ。もしかして……隠し男でもいるのか?」
ケン先輩は冗談めかして言いながら、彼女の肩に手を伸ばそうとした。胸の奥が焼けるように熱くなり、僕は思わず足を踏み出しそうになった。しかし、すぐに思い直す。僕はただの1年生だ。あそこへ行って、彼らの邪魔をする権利なんてない。
[放課後:静まり返った図書室]
図書室の隅で、僕は電気工学の教科書に目を落としていたが、頭の中はケン先輩の笑顔でいっぱいだった。そこへ、椅子の引かれる音がして、あの石鹸の香りが隣にやってきた。
「怖い顔してるね、サン君」
フェース先輩が僕を覗き込み、くすくすと笑った。
「……ケン先輩とデートじゃないんですか?」
「嫉妬してるんだ? 可愛いね。……言ったでしょ、私には先約があるって。私の『秘密』との先約がね」
彼女は自分の**『F』**のキーホルダーを机の上に置き、僕の手を取ってその上に重ねた。
「いい、サン君。世界中の人が『お似合いだ』って言うものより、私が自分で選んだものの方が、私には何倍も価値があるの。自分を卑下しないで。今の私にとって、君以上に『お似合い』な人なんていないんだから」
誰もいない図書室で、フェース先輩の額が僕の額に触れた。至近距離で見つめる彼女の震える瞳と、かすかな吐息。ここが学校であることを、僕は完全に忘れ去っていた。
「先輩……僕は……」
「しーっ……何も言わなくていいよ」
彼女は指先を僕の唇にそっと当て、いつもの悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
「私を誰かに取られたくないなら……早く立派になってね。早く卒業して、私を守れる大人になって。……わかった?」
彼女は立ち上がると、いつものように僕の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「さあ、帰ろ。明日も実習室に覗きに行くから、手を震わせちゃダメだよ!」
彼女は軽やかな足取りで図書室を出ていった。僕は手の中のキーホルダーを見つめ、彼女に選ばれた喜びを噛み締めていた。
しかし、鞄を手に取ろうとしたその時、書棚の陰に動く人影を見つけた。……誰かがそこにいて、今の一部始終を見ていたのだ。
僕が気づくと同時に、その影は素早く消えた。心臓が凍りつくような感覚に襲われる。僕たちが守ってきた「秘密」が、今、暴かれようとしているのか?
さっきまで温かかったキーホルダーが、急に冷たく感じられた。




