第2年生編 第21話:鉄と汗の洗礼(ニュービギニング)
[17:00 ― ウォラジャック工場の巨大な門前]
巨大な鉄の門の前に、サンは立っていた。重機の駆動音が地響きのように鳴り響く。彼は父親が用意した濃紺の作業着に身を包んでいた。
「ふん……時間通りだな」
フェースの父親が、鋭い目つきのベテラン職人たちを引き連れて現れた。職人たちは「このガキがアキラを負かした奴か?」と言わんばかりの冷ややかな視線をサンに浴びせる。
「はい、おじさん。準備はできています」
「いいだろう。まずは基本からだ……サックさん! こいつを第4メンテナンス部門へ連れて行け」父親は厳格な声で命じた。
[第4メンテナンス部門 ― 悪夢の部屋]
ベテラン職人のサックは、巨大なレンチをサンの前に放り投げた。「おい、小僧。この第4油圧ポンプは3日前から死んでる。新米のエンジニアどもが束になっても直せなかった代物だ。19時までに直せなきゃ、荷物をまとめて帰れ。ここは遊び場じゃねえんだ」
サンは、床一面に油が漏れ出している巨大な機械を見上げた。部屋の熱気は凄まじく、立っているだけで汗が噴き出す。
[18:30 ― レンズの下の素顔]
サンは機械の奥深くに潜り込んでいた。あまりの熱気にメガネが曇り、視界を遮る。彼はメガネを外し、傍らに置いた。そして、ペンライトを口に咥える。
その時だった。母親に頼まれて夜食を届けに来たフェースが、部屋に入ってきた……。彼女は入り口で釘付けになる。
そこにいたのは……メガネを外したサンだった。
鋭くも整った顔立ち、作業に没頭する冷徹なまでに真剣な眼差し。ライトの光が、頬を伝う汗を照らし出し、彼を幼い少年ではなく「一人の男」として浮かび上がらせていた。
(サンくん……あんなに、カッコよかったの?)
フェースは顔を真っ赤にし、柱の影に隠れた。観覧車の時よりも激しく鼓動が打ち鳴らされる。
[19:00 ― 生命の鼓動]
ガガガガッ……ドォォォン! 機械が以前よりも滑らかな音を立てて動き出した。サックたちが驚愕の表情で駆け寄る。
「終わりました……。原因はバルブではなく、内部スプリングの復元タイミングのズレによる金属疲労です。エンジンの回転数に合わせて調整し直しました」
サンはそう言いながらメガネをかけ直した。いつもの「ガリ勉くん」の姿に戻る。
隠れて見ていた父親が、口角をわずかに上げた。「悪くない……だが、本当の地獄はこれからだ。覚悟しておけよ、サン」
[19:15 ― メンテナンス部門前]
サックが圧力計を確認し、サンに小さく頷いた。「ふん……腕は確からしいな。手でも洗ってきな。明日からはもっとハードだぞ」
サンは礼を言い、共同手洗い場へ向かった。顔を洗い、体に籠った熱を冷ます。顔を拭こうとしたその時、甘いお菓子の香りが鼻をくすぐった。
「お疲れさま、サンくん……」
「あ、フェース先輩……いつからそこに?」
「えっと、今来たところよ! お母さんに頼まれて、冷たい水とお菓子を持ってきたの。私の彼氏が、お父さんにしごかれて倒れちゃうんじゃないかって心配でね」
彼女はそう言って弁当箱を差し出したが、その視線は無意識にサンの瞳を追っていた。
「先輩……顔に何か付いてますか?」サンがメガネの位置を直す。
「何でもないわよ! ただ……これからは作業中、メガネを外してもいいんじゃないかなって。そっちの方が……その、作業しやすそうだし!」
彼女は真っ赤になった顔を隠すように、足早に背を向けた。
[20:00 ― 帰宅路]
サンは、父親が手配した送迎車までフェースを見送った。工場の薄暗い照明が、静かだが心地よい雰囲気を作り出している。
「サンくん……お父さんは厳しいけど、少し不器用なだけなの。サンをここに呼んだのは、サンに『強く』なってほしいからよ。どんな困難にも立ち向かえるように……私たちのことだって」
サンは足を止め、フェースに向き直った。「分かっています、先輩。おじさんも、そして先輩も……絶対に失望させません」
フェースはサンが一番大好きな笑顔を見せた。そして、背伸びをしてサンの頬に優しくキスをした。
「これは、今日の頑張りへの『手付金』よ……。頑張ってね、私の『未来のエンジニア』くん」
[父親の執務室]
窓から工場を見下ろす父親の手には、アキラの資料とサンのデータがあった。
「死んだ機械すら蘇らせる歯車か……」彼は独り言を漏らす。「今回の全国大会……この原石を、本物のダイヤモンドに磨き上げてやるとするか」
机の上には、一通の設計図が広げられていた。そこにはこう記されている。
『プロジェクト:Gear of Union(絆の歯車)』
それは、フェースが海外へ発つ前にサンが乗り越えなければならない、最後の試練だった。




