第2年生編 第7話:親友の恋路と、忍び寄る不穏な電話
月曜日の朝、ポワチョー技術専門学校はいつもより輝いて見えた。今の僕には、隣を堂々と歩いてくれる「彼女」がいるからだ。しかし、親友のコンにとっては、まだ嵐が去っていないようだった。
【コンの視点】
「サン……。助けてくれ。じゃないと俺、死ぬ」
実習棟にやってきたコンは、寝不足で青ざめた顔をして力なくそう言った。
「どうしたんだよ、藪から棒に」
僕はスパナを置き、親友に向き直った。
「1年生のデザイン科のマインドちゃんだよ……。昨日、勇気を出して声をかけようとしたんだけど、緊張してスマホを彼女の足の上に落としちゃって。靴を汚しちゃったんだ。俺って本当にバカだ!」
コンは頭を抱えて嘆いた。僕は思わず苦笑した。コンが1年生のマインドちゃんに片思いしていたなんて初耳だ。
「で、僕にどうしろって?」
「お前は女扱いの神だろ! あの恐ろしいフェース先輩を落としたんだからな。頼む、秘訣を教えてくれ!」
【サンの視点】
コンが僕のピンチを何度も救ってくれたことを思い出し、今度は僕が恩返しをする番だと決めた。
「いいか。今日の放課後、マインドちゃんを大学裏のカフェに誘え。僕とフェースも一緒に行く。合同勉強会みたいな形にすれば、彼女もプレッシャーを感じないだろ?」
「えっ! でも、フェース先輩が来てくれるのか?」
「ふふん。僕が頼めば、彼女が断るはずないだろ」
僕は自信たっぷりに答えた。
夕方、僕たちはカフェのテーブルを囲んでいた。マインドちゃんは小柄で優しそうな女の子で、親友が石のように固まっていなければ、お似合いの二人に見えたはずだ。
「コン、君は製図が得意だったよね。マインドちゃん、ちょうど教えてくれる人を探してたんじゃない?」
僕はコンに目配せを送った。隣に座るフェースが、こっそり僕の脇腹を肘で突いて囁いた。
「サンったら……意外と策士ね」
彼女は楽しそうに僕をからかう。コンは勇気を振り絞って切り出した。
「あ、あの……そうなんだ。もしよければ、俺……いや、先輩が教えてあげられるよ」
マインドちゃんはパッと顔を輝かせた。
「本当ですか、コン先輩! ちょうど製図の課題で困っていたんです。ありがとうございます!」
第一段階は成功だ。コンとマインドちゃんの会話が弾み始め、僕とフェースはそれを微笑ましく見守っていた。……しかしその時、僕のスマホが震えた。画面に表示されたのは、あの**「アイビー」**からの着信だった。
フェースの顔色が瞬時に変わった。隣でスマホを覗き込んだ彼女は、腕を組んで大きくため息をついた。その冷ややかな視線に、僕は背筋が凍る思いがした。
「出ればいいじゃない、サン……。私に気を使わなくていいわよ」
フェースの声は平坦だったが、膝の上のスカートを強く握りしめているのが分かった。
僕は潔白を証明するために、スピーカーモードで電話に出た。
「何の用だ、アイビー。僕は今、フェースと一緒にいるんだ」
『あら、サン先輩。相変わらず熱いですね』
電話の向こうでアイビーがくすくすと笑った。
『昨日、屋上に忘れていった「例の物」、第3棟のロビーに預けておきましたよ。……あ、それと新しいプロジェクトの話。先輩が私の助手になるってパパから聞きました。これからよろしくお願いしますね、お・兄・さま』
プツリと通話が切れた。カフェのテーブルに、凍り付くような沈黙が流れる。コンとマインドちゃんも会話を止め、呆然とこちらを見ている。
「忘れた物? 助手……?」
フェースが震える声で呟いた。「サン……これ、どういうこと?」
「フェース、待ってくれ! 忘れ物なんてしてないし、助手の話だって今初めて聞いたんだよ!」
必死に説明したが、アイビーの揺さぶりは想像以上に効果的だった。
コンが慌てて割って入った。
「あ、あの、フェース先輩! 落ち着いてください。あいつはただの嫌がらせですよ。サンが先輩を大好きなのは、誰が見ても明らかですから!」
フェースはしばらく沈黙した後、ゆっくりと立ち上がった。
「……先に帰るわね、サン。少し、一人になりたいの」
彼女はバッグを掴むと、僕が引き止める間もなく店を出て行った。
「今は追わないほうがいい。行っても余計にこじれるぞ。まずはアイビーの目的をはっきりさせるのが先だ」
立ち上がろうとした僕の腕を、コンが強く掴んで止めた。
僕は力なく椅子に座り込んだ。親友の恋は動き出したのに、僕たちの関係にはアイビーが仕掛けた新たな亀裂が走っていた。




