第2年生編 第4話:重苦しい夕食と、アイビーの冷酷な罠
その日の夕方、僕は言いようのない重圧を背負って帰宅した。父さんも母さんも、いつもよりずっとフォーマルな格好をしていた。父さんはネクタイを整えながら、今朝リンが話していた共同プロジェクトの資料を確認している。
「サン、支度はできたか? 今日は理事長(フェースの父)ご一家と会食だぞ」 父さんの声は静かだが、真剣そのものだった。
『理事長』という言葉に、僕の鼓動は激しくなった。それがフェース先輩の父親であり、僕が1年生の時に会った、あの厳格な実業家であることを知っていたからだ。
街の中心部にある高級レストラン。VIP専用の個室には、フェース先輩の両親がすでに待っていた。先輩はいつもとは違う、おしとやかな甘い色のドレスに身を包んでいた。彼女は表情を硬くし、険しい顔で座る父親の隣で背筋を伸ばしている。
「こんばんは……」 僕と両親は挨拶をして席についた。
会話は僕には理解できないビジネスの話から始まった。しかし、フェース先輩の父親が突然スプーンを置き、僕を真っ直ぐに見据えた。
「聞けば、2年生になってからサン君は随分と勉強に励んでいるようだな。……だが、学内では『騒がしい話』も増えているようじゃないか?」
僕は思わず肩を震わせた。テーブルの下で、フェース先輩が不安げな視線を送ってくる。
「……はい。2年生になって、活動の幅が広がったものですから」 僕は言葉を濁した。
「活動? それとも、アイビーという1年生のことかな?」
その名前が出た瞬間、食卓は凍りついた。
「私の会社の新しい共同経営者の娘だよ。彼女がサン君のことを『とても親切な先輩だ』と、ベタ褒めしていてね」
心臓が止まるかと思った。リンの警告は本当だったんだ! アイビーはただの1年生じゃない。フェース先輩の父親にとって重要なビジネスパートナーの娘だったんだ。
沈黙を守っていたフェース先輩の手が震え始めた。彼女は無理やり笑顔を作り、絞り出すような声で言った。
「お父様……。アイビーさんはただの後輩です。サン君は何とも思っていませんわ」
「フェース、お前に聞いてはいない」 父親は冷たく言葉を遮った。「サン君……。下らん噂で家同士のプロジェクトに泥を塗るようなことはしないでくれ。それから忘れないことだ。来年、フェースは私の計画通り海外へ留学させる」
フェース先輩の顔から血の気が引いた。堪えていた涙が溢れ出し、彼女は絶望と非難の混じった目で僕を見つめた。
その時、僕のスマホが震えた。知らない番号からのメッセージ。添えられていたのは、今日の昼間、実習棟の前で僕がフェース先輩の手を引いていた写真だった。
【メッセージ:素敵な写真ですね、サン先輩。……これが経済紙の記者にでも渡ったら、両家の関係はどうなるかしら? ——アイビーより】
僕はスマホを強く握りしめた。まるで針のむしろに座らされている気分だ。リンの、コンの警告は現実となった。アイビーは「愛らしさ」を仮面に使い、僕たちを脅迫してきたんだ。
「サン、どうしたの? 顔色が悪いわよ」 母さんが心配そうに尋ねる。
「……いえ。少し目眩がしたので、お手洗いに失礼します」
僕は逃げるように部屋を出た。廊下を急ぎ、店の隅で深く息を吐いて理性を保とうとした。しかし、背後から聞き慣れた温もりが僕を包んだ。
「サン君……っ、ううっ……」
フェース先輩が後を追ってきたのだ。彼女は後ろから僕に強く抱きつき、激しく泣きじゃくった。その嗚咽を聞くたび、僕の胸は切り刻まれるようだった。
「サン君……私を捨てないで。留学なんて行きたくない。あの子にサン君を奪われたくないの!」 彼女は泣きながら訴えた。「アイビーからのメッセージ……あの子、本気で私たちを壊すつもりよ。お父様に知られたら、絶対に別れさせられてしまうわ……」
僕は振り返り、彼女を力強く抱きしめた。不安を悟られないよう、瞳の奥に覚悟を秘めて。
「大丈夫です、先輩。僕が何とかします。誰にも僕たちを引き裂かせたりしません」
フェース先輩は涙に濡れた顔で僕を見上げた。「約束よ……私を一人にしないで」
その時、またスマホが震えた。画像ではない、短く冷酷な一文。
【メッセージ:明日の朝……授業の前に第3実習棟の屋上に来てください。一人で来れば、この写真は永遠に秘密です。でも、もし『誰か』を連れてきたら……フェース先輩にお別れを言う準備をしてくださいね。 ——アイビーより】
画面を見つめる僕の目は、もう先ほどまでとは違っていた。リンが言った「甘さ」は、今ここで捨て去る。2年生の生活はもう、ただの学園ラブコメじゃない。家族の未来、名誉、そして最愛の人の居場所を懸けたギャンブルだ。
「中に戻りましょう、先輩。お父様に怪しまれないよう、いつも通りに」
僕は彼女の涙を拭い、冷徹な心で彼女の手を引いて部屋へと戻った。
純粋で甘えん坊な3年生の先輩と、狡猾で恐ろしい1年生の後輩。明日の朝、僕がこの手ですべてに決着をつけてやる!




