休憩
「さてと、まずは掃除から始めないとね。」
私は腕まくりをすると、ハタキで天井や棚に積もった埃をおとし、
床を箒で掃き、最後にしっかり絞った雑巾で床をピカピカになるまで磨いた。
まだ肌寒い季節だけれども、体を動かしていると汗をかくし、喉も乾いてきた。
「ちょっと早いけどおやつを食べながら休憩しようかな。」
私は持ってきたビスケットの袋を開けると、コーヒーを入れるためのお湯を沸かしに台所にたった。
コポコポ
コーヒーを入れる時はいい香りに満たされる私のお気に入りの時間の一つだ。
私は今、しがない絵本作家として生計をたてているのだが、ネタに詰まったときはコーヒーを豆から挽いて、丁寧にお湯を回しいれる。
コーヒー粉がふっくら膨らんで、浮き上がる所を見ると、ほっとすると同時に新しいアイデアがふくらんでくる、ラッキーアイテムの一つでもある。
「今はいい時代になったな。郵便もネットもあるから、こんな田舎からでも絵本の仕事を続けられるんだもの。」
私は入れたてのコーヒーを一口のむと、ビスケットを置いたテーブルに戻った。
すると、そこには先ほどまでなかった木の実が山盛りになって、代わりにビスケットが少し減っていた。
「何これ!?さっきまではなかったよね、それにビスケットが減っている...]
(リスでもいるのかしら?それにしたって木の実をこんなに沢山持ってくるリスって・・・)
私は両手一杯の木の実を見つめた。
赤やオレンジの木の実、どんぐりもある。どれも、食用には向かないものばかりだった。
「綺麗、そうだ、これを題材に新しい絵本を描こうかな」
私はさっそくスケッチブックを取り出して木の実をスケッチし始めた。
熱中していたから気が付かなかったのだ。
物陰から私をじっと見つめる小さな瞳に。
私はビスケットをかじりながら、
山盛りの木の実をスケッチした。
最後の一枚に手を出したときだった。
「あう、なくなりゅ」
可愛い子供の声が聞こえてきたのでビックリして振り返ると、タンスの影から半身を乗り出してよだれを垂らしたモモンガがいた。
「...たべる?」
なんでモモンガがいるのかとか、
そもそもなんでモモンガが喋るのかとか、
そんなものどうでも良いくらい、モモンガが可愛いくて、持っていたビスケットを差し出した。
「ぴゃあ!しまったあ!みまちたね。僕のこと」
「見ちゃったね、可愛いね」
なんだろう、この可愛い生き物は。
「僕はもうおとなでし。食べ物に釣られたりちまちぇん。」
そう強がりをいいながらも、モモンガは私の持っているビスケットに鼻先が触れる距離まで近づいて来ていた。
ふわふわの体、くりくりの黒い目。可愛い。
私はたまらずその小さな体を抱き上げてぎゅうっと抱きしめていた。
「ぴゃあ。捕獲されまちた。緊急事態でし」
ももんがは大慌てで何とか腕からのがれようとするが、短い手足をばたつかせる姿も可愛くて、私はすっかり夢中になっていた。
「意地悪しないから逃げないで。モモンガさんビスケットあげるから。」
私は片手にモモンガを抱えもう片手でビスケットを差し出した。
「ボクは簡単なオトコじゃありまちぇん。こんなもので買収などされないのでし。」
そう言いながらビスケットを受け取るともぐもぐ食べ始めた。
(言葉と行動が一致していないところがさらに可愛い。)
だけど、それを口に出してしまうと、モモンガのプライドが傷つくだろうからと心の中にしまっておいた。
「君はどうして喋れるの?この辺の動物は皆そうなの?」
私はかねてからの疑問をモモンガにぶつけてみた。
「いいえ、僕はトクベツなのでし。主さまから言葉を教えてもらったから
喋れるようになったんでし」
主様?
この子はどうやら誰かに言葉を教えてもらって、こうなったらしい。
(モモンガに言葉を教えようなんて、かなりの変わり者だな。そもそもモモンガって喋れるようになるんだっけ?)
モモンガの生態はよく知らないけれど、喋れるモモンガなんて聞いたことがない。
「貴方の主様はどんな人なの?私も会ってみたいな」
「主様は偉いお方なのでし。簡単に居場所を教えるわけにはいきまちぇん。」
頬袋をパンパンにしてフイと目をそらす。
何もしても可愛い。
私はこんな可愛い生き物を育てた主様という人に俄然興味が湧いてきた。
「ねえねえ、主様の所に案内してくれたら、特別にマカダミアナッツのクッキーをあげるよ」
「なんでしかそれ?僕は木の実は好物でしけど、それ以外は口にしまちぇん」
今ビスケット食べてるじゃないとツッコミを入れたかったけど、グッと抑えて続けた。
「マカダミアナッツはね、日本には無い特別な木の実のことなんだよ?すっっごく美味しいの。ドングリなんて比じゃないくらいね」
モモンガの目がキラキラとひかり、ヨダレがたらりとでる。私は鞄からとっておきのマカダミアナッツのクッキーを取り出して渡した。
「じゃあこれは手付金ね、残りも欲しかったら主様の所に連れていくこと!」
香ばしい香りに一瞬で虜になったモモンガは一口でクッキーを頬張ってしまった。
「むきゅう!!なんでしか、なんでしかこれは!」
よほど美味しかったのか、目を閉じて黙々と味わっている。
「本当は、千鳥しゃんが自分で見つけないといけないけど、マカアナツに免じて主様の所に連れて行ってあげましゅ」
食べ終わると、モモンガはキリリとした顔をして私に告げた。
「どうして私の名前をしってるの?どうして貴方のご主人を探さないといけないの?私、会ったことのある人なのかな?」
モモンガは答えない。
「じゃぁいきまし。付いてきてくだしゃい。」
そう言うと外に向かって走り出した。




