約束
それから毎日のように私はナナシに会いに社に通うようになった。
ナナシは私が朝顔が好きなことを知って、神様の力を使って、昼も夜も朝顔が見られるように、一日中社を色とりどりの朝顔をさかせてくれた。
昨日は一緒に木の実を見つけて食べたし(神様も普通のものを食べることにちょっと驚いたのは、内緒。ナナシが傷付くから)、綺麗な青色の小鳥を見に沢に遊びに行って水遊びをしたり、とびきり暑い日は、こっそりアイスを2本もって行って2人でラジオを聞きながら食べたりした。
でも、それがまずかったらしい。おじいちゃんとおばあちゃんは私が知らない人とこっそり会っていることに不安を覚えたようで。両親に相談してしまったのだ。
私が神社を訪れるとナナシはいつも優しい笑顔で迎え入れてくれる。
その日も、私が神社に着くと包みを差し出した。
私があげた朝顔柄のハンカチには、ピカピカ光る綺麗な勾玉が2つ包まれていた。
「この前、仲の良い人間はお揃いのものを持つと教えてくれただろう?私も千鳥とお揃いのものが持ちたくてね、山で鉱石を取って来て磨いてつくったのだよ」
ナナシは並んだ2つの勾玉のうち、1つを取ると私の手のひらに乗せてくれた。
その途端、我慢していた涙がボロボロ溢れて止まらなくなった。
「やだよう、ナナシ、もっと一緒にいたいよう。」
その一言を聞いてナナシは全て悟ったようどった。
「私、今日の夜にお家に帰るの。もう会えなくなっちゃうの。ナナシがまた一人ぼっちになっちゃうよう」
ナナシはビイビイ泣きわめく私を優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。
「ナナシは神様でしょう?最初で最期のお願い叶えて!私、ナナシともっと一緒にいたいよう」
ナナシは答えてくれない。
「ナナシ?どうして何も言わないの?ナナシは私ともう遊べなくなってもいいの?」
そう言って見上げると、ナナシも涙を流していた。ナナシも悲しんでくれていたのだ。
「私は千鳥が愛おしい。だからこそ、その願いは叶えるわけにはいかないのだ。お前と共に行くということは、お前を不幸にすることに他ならない。だが、真にお前が私を思ってくれるというのなら、お前が20歳になった時、もう一度ここにおいで、私はここから離れられないが、お前がこちらに来るのであれば問題ないだろう」
20歳、たしか、綺麗なお着物を着て大人になる年だとお父さんとお母さんが言っていた。
「本当?ナナシは私が大人になるまでまっていてくれるの?」
「ああ、もし…もしもお前が大人になっても私のことを覚えていてくれたのならば、その時は私の妻になってはくれないか?」
「ツマ?」
「伴侶…いや、お嫁さんという方が分かりやすいかな?」
「ナナシのお嫁さんにしてくれるの?嬉しい!」
私はCMで見たフワフワのお姫様みたいなドレスを着た女の人を思い出して微笑んだ。
ナナシはカッコいいお兄さん(ちょっとボロボロだけど)だから、お嫁さんにしてくれるというのは物凄く嬉しい申し出だったのだ。
「では、誓いをたてよう、千鳥、勾玉に私と婚姻することを誓って口付けて私に渡してほしい」
「くちづけ?」
私にはちょっと難しい言葉で悩んでいると、ナナシが優しく微笑んで、「私がやってみせよう」と言った。
ナナシは「永遠に千鳥に愛を誓う」そう言って勾玉に口付けをしてそれを私に渡してくれた。
私もナナシの真似をして、もう1つの勾玉をにぎり、
「千鳥はとわにナナシにあいをちかう」
そう言って見よう見まねで勾玉に口付けをして、ナナシに渡した。
「約束ね!そうだ、おまじないしてあげるからしゃがんで!」
ナナシはとても背が高いのだ。おそらく180センチ以上あるのではないだろうか。
ナナシは大人しく私の言うことに従ってしゃがみ込んだ。
「ナナシが一人で寂しくなりませんように。私のことを忘れないでいてくれますように」
そう願いごとをいいながら、額にキスをした。お母さんが寝る前にしてくれる、幸運のおまじないを真似したものなのだ。
ボサボサの髪に半分隠れたナナシの綺麗な顔が真っ赤に染まる。
私はそれを見て微笑み、額の髪をまくりあげてナナシに言った。
「ナナシは照れ屋さんね!次は私におまじないしてくれる?」
ナナシはしばし固まっていたが、何度か深呼吸をすると、意を決したようにそうっと額にキスをしてくれた。
そうして、私の瞳をジッとみつめながらこう言った。
「私は君が心の底から愛おしい。君には幸せになって欲しいのだ。だから、もし君に私以外の運命の相手が現れた時、私の存在が邪魔になってしまうことが辛いのだ。だからごめんね、君が20歳になって、再びこの場所を見つけてくれるまで、君のここでの記憶を封じるよ。また会えることを、信じたいが、どうか、幸せになっておくれ」
ナナシがそういうと、私はカクリと眠りに落ちた。
次に目が覚めたとき、私は古ぼけた神社の前で横になっていた。
神社の周りには夕方なのに、色とりどりの朝顔が咲いていた。
「あれ?なんでこんなところにいるのかな?お母さんが待ってるから早く帰らなきゃ」
ふと見ると手には綺麗な勾玉が握られていた。
「どこでみつけたんだっけ?分からないけどすごく綺麗!宝物にしよう!」
私は勾玉を握りしめて家に向かって走りはじめた。
その後ろから私を見つめる優しい眼差しに気付くことなく。振り返ることもなく。
だから、分からなかった。ナナシの涙を拭いてあげることもできなかった。
「愛しているよ、千鳥」
ナナシの囁きは風の音にかき消されて夕闇にとけていった。
草花と土の匂いが立ち込める山道、
道端には山桜が咲いている。
ソメイヨシノのように花をたくさんつけるわけではなく、
花数は少ないが、一生懸命生きているその健気な姿が昔から好きだった。
山桜の幹をなでて、「ただいま」と言う。
祖父母が事故で亡くなり、空き家になった家に住まうため、私は小学生以来初めて田舎に戻ってきたのだ。
「なつかしいなあ。子供の時以来なのに、桜、変わってない。」
相変わらず静かに佇んでいるお気に入りの桜の木を眺めながら
私は歩みをすすめた。
この木からおよそ100歩ほど歩けば家に到着する。
子供の頃の目印だったのだ。
「一、二、三・・・」
数を数えながら歩く。
「四十九、五十」
今の私は20歳の大人。歩幅もあのころの倍になっていた。
「ただいま、戻ってきたよ」
誰に言うでもなく、私は古ぼけた祖父母の家に問いかけた。
ガラリと玄関の扉を開けると、中は几帳面な祖母の手によって綺麗に片付けられ
無駄なものは一つも置かれていない。
小学生の短期間滞在した日から、あまりにも何も変わっていないことに
驚きを隠せなかった。
「なつかしいなあ。ここであの夏、過ごしたんだよね」
ザラリと思考がにぶる。
夏の思い出を思い返そうとするといつもそうなのだ。
祖父母の家や周りの草木のことならいくらでも思い出すことができるのに、何をして過ごしていたのか、それだけが思い出せない。




