ラララマジック
夏休み、田舎の祖父母の家に遊びに行っていた時の話だ。
令和1年、世の中、電子機器で溢れかえっているというのに、祖父母の家にはテレビどころかラジオ一つない。
私はそんな生活に飽き飽きして、一人で近所の探索をしていた。
フラフラ歩いていると、何処からかラジオ放送が聞こえてくる。
FMのDJリリの面白トーク。
私はまだ6歳だったけど、母と一緒に聞いていた懐かしの(といっても一週間ぶりなのだが)その音楽につられて石造りの鳥居をくぐり、フラフラ参道に踏み入った。
そこにはぼろぼろの社があり、境内には私の大好きな朝顔の花が咲いていた。
「いち、に、さん……きゅう、じゅう」
数を数えながら鳥居から社に向かう。
「では、ビンさんからのリクエスト、ラララマジックをお聞き下さい」
ラジオから、私の大好きなアニメ音楽が流れ始めた。マジックプリプリのオープニングのその曲は、しっかり暗唱しているのでラジオに合わせて歌いながら音のする方へ歩いて行った。
「ラララ 貴方と一緒ならば何もこわくない
ラララ 愛を貴方に」
そこには見たことのない、大きな四角の箱のようなものに、ニョッキリ角みたいな棒が刺さった物が置いてあった。音楽はそこから流れてくる。
「なあにこれ?変な箱」
私が指先でツンとその箱を触った瞬間だった。
「勝手に人様の物に触るとは躾のなっていない子供ですね」
私は人の気配に敏感で、隠れんぼの鬼になったらどんなところに隠れていても半径10メートル位なら、気配だけで一瞬で見つけることができるという特技があったのに、この時はすぐ真横に立って話しかけるまで、その人に気がつかなかった。
「お兄さんすごい!どうしているのに分からなかったの?」
「そんなの私が知っているわけがないでしょう。貴方の問題です」
そのお兄さんは、背が高く(おそらく180センチくらい)短い白銀の髪はボサボサでだけど絹糸みたいにキラキラ輝いていて、瞳も銀色、鼻筋が通っていて、切れ長な二重の瞳の美しい人だった。
ただ、着ている服はボロボロでそのうえ裸足。
「お兄さん、どうして裸足なの?寒くないの?」
「貴方には関係のないことです。履物は随分昔に壊れてそれ以来こうなのです」
お兄さんは素っ気なく答えてラジオの横に座ると私を無視して熱心にラジオに聞き入った。
「お兄さん、いいものがあるよ!ちょっと待っていて!」
私は寒そうな足元をどうにかしてあげたくて、家に向かって走った。
私は家に帰るとごそごそと蔵を引っかき回す。
「あったあ!おじいちゃーん、この長靴もらってもいい?」
私はおじいちゃんが畑仕事に出る時に使っていた紺色の長靴を抱きしめて、おじいちゃんにおねだりをしに行った。
「そんなものどうするんだ?まあ、あまり使わないからいいけどな」
「えっとねー山の小屋に住んでいる人にあげるの」
「山の小屋?もしかして貧乏神の社のことか?お前、そんなとこにお供えなんてしたら貧乏になるぞ」
おじいちゃんはカラカラ笑って仕事に戻ってしまった。
「ねえねえねえ!お兄さんって貧乏神なの?私、貧乏になっちゃうの?」
長靴を手に入れてからすぐにラジオのお兄さんの所に走って戻った私は矢継ぎ早に質問した。
「ええ、私は貧乏神。子供なのによくわかりましたね。私に関わるとロクなことがありませんよ。今すぐここから去りなさい」
「やっぱり貧乏神なんだあ。じゃあびんちゃんて呼べばいいかな?」
「私は名無しですが、そんな趣のない名で呼ばれるのは不本意です」
「お名前ナナシちゃんていうのね!よろしくね、ナナシちゃん」
ナナシちゃんは何故かこめかみをおさえてため息をついた。
私はここに来て初めて出来た友達にウキウキしていたから、ナナシの不機嫌には気がつかなかった。
「そうだ!これね、おじいちゃんから貰ったの。長靴だよ!これでもう足さむくないよ!」
そう言って差し出した長靴を驚いた顔をして見つめていたが、ナナシはハラハラと泣き始めてしまった。
「ナナシちゃん!どうしたの?私ナナシちゃんに、喜んでほしかってのに、長靴嫌だった?」
「違うのですよ、私は、嬉しくて。貧乏神は皆に嫌われる。誰かに追い立てられる事はあっても、こんなに優しくして貰ったのは初めてなのです。少女よ、先程の非礼を詫びましょう。貴方の名前を教えてくれませんか?」
「よかった!喜んでくれたんだ!私は千鳥よ!夏休みの間、おばあちゃんとおじいちゃんのお家に預けられているの」
「千鳥、いい名前ですね」
私はポケットに入れていたお気に入りの朝顔柄のハンカチで、ナナシの涙を拭ってあげた。
ナナシは途端にかあっと赤くなって俯く。
「すみません。人に触れられるのが初めてで、あの、ありがとうございます」
「大人の人も泣いちゃうんだね。ナナシちゃんは泣き虫ね」
そう言うと、拭いても拭いてもハラハラ流れ続ける涙を、私は優しく拭い続けた。
ナナシはそれを心地好さそうに受け入れてくれているようだった。
「そうだ!この長靴はいてみて!きっと足あったかくなるよ」
私はそう言うと、ナナシの足についた泥を払ってから、長靴を履かせた。
「これは、暖かいです。ありがとう、あり…がと…」
ナナシはまた泣き始めた、今度は声をあげて、子供のように。
私はまたナナシのほおに流れる涙を拭ってあげる。
「ナナシちゃん!どうしたの?私ナナシちゃんに、喜んでほしかってのに、長靴嫌だった?」
「違うのですよ、私は、嬉しくて。貧乏神は皆に嫌われる。誰かに追い立てられる事はあっても、こんなに優しくして貰ったのは初めてなのです。少女よ、先程の非礼を詫びましょう。貴方の名前を教えてくれませんか?」
「よかった!喜んでくれたんだ!私は千鳥よ!夏休みの間、おばあちゃんとおじいちゃんのお家に預けられているの」
「千鳥、いい名前ですね」
私はポケットに入れていたお気に入りの朝顔柄のハンカチで、ナナシの涙を拭ってあげた。
ナナシは途端にかあっと赤くなって俯く。
「すみません。人に触れられるのが初めてで、あの、ありがとうございます」
「大人の人も泣いちゃうんだね。ナナシちゃんは泣き虫ね」
そう言うと、拭いても拭いてもハラハラ流れ続ける涙を、私は優しく拭い続けた。
ナナシはそれを心地好さそうに受け入れてくれているようだった。
「そうだ!この長靴はいてみて!きっと足あったかくなるよ」
私はそう言うと、ナナシの足についた泥を払ってから、長靴を履かせた。
「これは、暖かいです。ありがとう、あり…がと…」
ナナシはまた泣き始めた、今度は声をあげて、子供のように。
私はまたナナシのほおに流れる涙を拭ってあげる。
あまりに泣き止まないナナシの事が心配になって、私はお母さんにいつもしてもらうように、ナナシの頭を抱きしめてクシャクシャの髪を優しく撫でてあげた。
「ナナシちゃんは大人でしょう?泣いちゃだめよ?お歌歌ってあげるから泣き止んで」
そうして私は得意曲のラララマジックを出来るだけ優しく歌ってあげた。
「人というのは暖かい生き物なのですね、ああ、今日は特別な日になりそうです。貴方に出会えたから」
スンと鼻を鳴らして、ナナシちゃんは泣き止んでくれた。離れようとしたが、ナナシちゃんが、寂しそうな顔をしたので、しばらくの間、色んな歌を歌いながら頭を撫でてあげた。
「日が沈んできましたね、千鳥、そろそろ帰りなさい」
私は寂しがりのナナシをこんな寂しい場所へ置いて帰る事が心配で、
「ねえ、一緒にお家にこない?お部屋沢山あるからナナシもきっと泊めてもらえると思うよ」
私はとびきり良い案を思いついたと思ったのに、ナナシは悲しい顔をして答えた。
「私は貴方を好ましく思いはじめています。だから、貴方とは行けません。ただ、ここで会う分には貴方に不幸が訪れることはないでしょう。待っています。貴方を」
そういうと、ナナシは無理矢理笑って手を振ってくれた。