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六角正平と学生たち② 学内カフェ AM10:40

 学内カフェは巨大な円形の講堂の二階にある。一階は中央をステージにした大ホールになっていて、三千人程のキャパシティである。客席から中央のステージを見下ろすような、海外を思わせるデザインだ。入学式や卒業式、著名人を招いてのイベントなどに使われている。その真上を仕切りなく占有する学内カフェは、長い折り畳み式机をフロア一杯に配置して、一列50人、20列の大所帯である。ここも南側が一面強化ガラスの壁となっていて、高台からの景色を欲しいままにする。ランチタイムには席を見つけるのに苦労する日もあるが、今日は生徒の姿もまばらである。

 ほとんどの商品が食券制だ。珈琲も食券を購入して、受付に持って行くと職員がプラスチックのコップを渡してくれる。受付の隣にあるコーヒーサーバーにコップを置いてボタンを押す。受付の左側は広くカウンターになっていて、天井から垂れ下がる幕に『丼』『麺』『定食』『日替わり』『サンドイッチ』と書かれ、それぞれ欲しい物がある場所に、食券を提出しに行く仕組みである。カウンターの奥で、オーダーが入ったら盛り付けるスピード感である。例外的にコーヒーサーバーの横にある、近所のパン屋の製パンとカフェ職員手作りのおにぎりが列を成している。あんパンの黒ゴマや、シュガーラスクのきらきらした結晶が食欲をそそる。これはすぐ手に取り、受付で買う事が出来る。

 正平は日替わりランチに月に一度位登場する、『パングラタン』をとても気に入っていた。いつ出るか分からないので、その為に毎日カフェに来る程である。一斤の真四角食パンをくりぬき、さっぱりしているのに濃厚なシチューが詰め込まれ、パイで蓋をし焼いてある。パイをスプーンで突いて割って、シチューの豊潤な香りがふわっと舞い上がると、幸福感で一杯になった。セットの副菜の、特製のドレッシングがかかったイカやタコなどシーフードとレタスのサラダ、その日で違う手作りのプリンやゼリーも楽しみにしていた。大学見学に来る高校生たちにはまず、このカフェの素晴らしさを伝えている。

 全員に珈琲が行き渡り、とても空いていることもあって二限をこのままこの場所で行う事にして許可を取る。まだ時間が早いので、職員は掃除や箸やフォークなどのセッティング中である。

 南側の開口部から燦燦と降り注ぐ太陽を少し遮ろうとブラインドを下ろして、12人は向かい合ってディスカッションの続きを行うことにした。


 「次は『戦争体験者の減少により風化してしまう第二次世界大戦と平和を考える』ですね。」正平は資料を捲りながら学生を見渡した。お願いしたわけではないのだが、先ほどカンファレンスルームBで座っていた席順が再現されているようだ。正平の隣は千弦である。

 「次の設問は『風化させない為には?』ですね。僕は被爆者の孫なのですが、祖父から体験をほとんど聞いたことがなくて、語り部にはなれないでいるのです。でも、戦後80年のこの年に、何か突き動かされるものがあって、こうして講義を開いて一歩目を踏み出してみました。」

 『被爆者の孫』という正平の言葉に驚いて顔を上げる学生が何人かいた。秘密にしているわけではないし、驚かれることにも慣れているのだが、今自身が発した『何か突き動かされるものがあって』という言葉に、気付いていなかった心の奥底にある源流のようなものを感じたのだ。不思議な感覚だった。

 「語る人がいなくなってしまうと、記憶も薄れ、もう二度と同じ過ちを繰り返してはならないという教訓が失われていく…と、祖父ちゃんが言ってました。」正平の真向いの学生、杉浦雫(すぎうらしずく)さんがか細い声で呟いた。黒い長い髪を左側に一本でお下げにしている。白いカーディガンで、落ち着いた雰囲気である。彼女はあまり発言しないのが常なのだが、当てていないのに答えてくれたことが正平は嬉しかった。

 「うん、ありがとう。僕たちは戦争が終わってから生まれ、平和で豊かな時代を生きてきました。でも今、この『教訓』が薄くなっていっている気配です。なぜなら、この日本でも、差別や偏見があり、排他主義の意見が拡大し、自分と意見が違う人を敵の様に言葉で攻撃するような場面がよく見受けられるようになってきた。このままでは、『歴史は繰り返す』が文字通りやってきてしまうのではないかと、僕は思います。薄く…ならないようにするにはどうすると良いでしょうね?」正平が学生を見渡すと、隣で千弦が挙手をした。

 「戦争の教訓を自分事として留めるには、近い将来に起こり得ることだという危機感を持つことかなと思います。臨場感、かな。えと、僕は、コロナ禍を思い起こしてみると、良いのではないかと思いました。最近ラジオで、戦時中の若い女性をAIで生成して、学生と会話する企画を聞いたんですけど、電車からの景色が、新しい軍事工場の建設で変わったり、あの地域に昨日空襲があったと聞いた、など、戦争が身近にある感じがとても臨場感がありました。と同時に、この『非日常』と隣り合わせな感じが、コロナ禍に自分が感じていたことと似ているなと思ったんです。コロナ禍を体験した人は皆、この時の不安や命への危機感を知っていると思うんです。」千弦の言葉に、皆がハッとする。正平もそうだ。

 コロナ禍ではマスクが手に入らず、長蛇の列が店に出来たり、転売などトラブルも起きた。ニュースでは毎日防護服を着た医療関係者の方々が、テープでライン分けされた床を踏み、懸命に対処して、頭が下がる思いだった。この場所でパンデミックが起きた、という報道が常に身近にあり、食料の買い出しは一人で。大学も休校し、毎日家にこもる日々が長く続いた。電車で咳をした、それが事件に繋がるような、異常事態だった。多くの人が夢を諦め、大事な会社や店舗を手離し、これ以上命を失う人がいないようにと祈りながら、ワクチンを打ってもらい、終息を願ったのだ。

 今は日常に戻り、もうあの時の非日常が記憶として薄れている自分を正平は認識した。けれど確かに知っている。『自分の体験』として。非日常が身近にあった世界を、知っているのだ。

 「パンデミックが何の前触れもなく起こり、広がり、まるで異世界にいるみたいだと僕も思いました。『恒久不滅の平穏な毎日』『約束されている豊かで平和な日常』は思い違いで、皆の努力があってこそ平和は維持されていくものだと思います。危機感がなければ、崖っぷちに立っていても気付けないかもしれない。あるはずの橋は、そこにないのに、足を踏み出してしまうかもしれない。だからこそ、教訓が必要ですね、語り部のみなさんの、尊い教訓が。」

 正平が千弦の方を見てそう言うと、向かいの雫が挙手をした。

 「私、語り部の方をAIで生成して、体験談をAIに語ってもらうというニュースを見ました。賛否両論だったようですが、私はとても良いと思いました。天命を全うされて亡くなってしまう語り部の方の代わりに、語り部を増やす。受け継いでいく為に色んなアイデアを出して、未来へ繋げていく。ITに出来る事をもっと模索していくべきですよね?それには、生まれた時からITが側にある、若い世代の力が必要だと思います。」雫の力強い声量に、正平は感銘を受けた。

 「雫さん、素晴らしい。戦後10年、水爆実験で被ばくした第五福竜丸を残すかどうかの危機があった時、当時の中高生が『物の語り部として保存していこう』と…亡くなった方の想いを背負い、原水爆禁止を求めて立ち上がった署名運動が、後に日本原水爆被害者団体協議会を発足する原点になったと聞き及んでいます。原爆症や差別に声を上げられずにいた人々の救いとなったそうです。若者の力は底知れない。その時は署名活動や街頭募金でしたが、今は今の行動の仕方があって、雫さんの仰るようにITの力を味方に付けることが大事なのかもしれません。」正平が記憶している史実を話すと、雫は大きく頷いた。

 正平は昭和世代なので、大学生になった頃ようやくインターネットが身近になりはじめた位だった。だから、ITが生まれた時から側にあるというより、ITの成長や進化をずっと側で見てきたような感覚だった。自身はそんなに詳しくないが、工科の同年代の友人も多い。二つの世代が協力することで、新しいコラボレーションが生まれる様な気配を正平は覚え、ここはしっかり学生たちの意見を聞いておこうとメモを取る。

 

 ・(先程のバーチャルリアリティーの案を受けて)原爆投下時の広島、長崎の状況を追体験出来るバーチャルリアリティーを作製し、戦争と平和を考える施設に設置したり、オープンソースで全世界の誰もが無料でそれを閲覧出来るようにする。

 これに対しては視聴に配慮が必要な人も多くいる、心の傷に繋がったりする可能性もあるとの意見も出て、再討論してみることにして次へ進む。


 ・戦争体験者の団体は、被団協、日本遺族会、沢山各地にあるが、存命の会員の方が減り、運営が難しくなっているので、慰霊や祈りを含んで越えて、戦後80年を節目に、若者含め有志の誰もが会員になり参加出来る様にネットワーク化し、葉脈のように繋がり協力し合えるグローバルなデジタルプラットフォームを作るのはどうだろうか?

  (そのグローバルな組織で行えたら良いと思う事)

  ・慰霊碑の維持管理

  ・会の催事の継続

  ・体験者の体験を肉声として残っているものをデータ化して、デジタル本棚の様にし、海外からもデジタル本を手に取ってもらえるような、オープンソースの『資料館』を作る

  ・言葉の壁を越えて、かつての敵・味方も超えて、平和を成す為に必要な共助を話し合える会議の発足、全世界の人が参加出来る様にする(運営には安全と信頼性が必須)拡張熟議の思考。多くの人と深く話し合える場になる様にITの力を最大限に生かす。

  ・世界が、地球として一つの平和な星となった未来を、ネット上に自由に、地図に描いてみる。世界地図はそのままに、例えばフランスは食に強いので『地球のシェフ国』、日本は『地球のアニメ国』など、毎日巨大な地図上に万国博覧会が開催されている様な、平和で楽しいもの

  ・戦時中の食のデジタル再現 レシピ化 物資不足の中の工夫や保存方法など

  ・戦時中の食の商品化 会の収益を助けるし、学びとなる ふるさと納税のシステムは使えないだろうか?

  ・子供のための学びの場 分かりやすい言葉や絵を使い、平和について学べる場所を作る

  ・オンラインツアー 広島や長崎、原爆資料館などを、ガイドのカメラと共に一緒に回る、コロナ禍で成立していたものを参考に、建物の変化で原爆の規模を痛感したり、被爆資料や遺品などを見て、核の非人道性に触れ、核兵器が実際使われたらどうなるかを知ることが出来るツアーにする

  

 「すごくスケールが大きくなってきましたが…実現出来たら凄いですね!」と雅彦がガッツポーズする。

 「拡張熟議って何ですか?」と鈴菜が小さく挙手をする。

 拡張熟議を発言した雅彦が答える。

 「プルラリティという『社会的差異を越えてコラボレーションする概念』があるんですけど、なるべく多くの人…1000人規模の…で、通常そんな大人数だと深い話は出来ないわけですが、拡張熟議ならば、それが出来、マイノリティの意見も取りこぼさず、反対意見にどちらかが寄っていくわけでもなく熱量の分布をITと共に見て、お互いの意見の接点やここならば折り合える地点を探し、結果として総意を捻り出せる、ような考え方…ですかね…すみません、本が出版されているので、読んでもらえたら…。」

 雅彦が鈴菜を見ると『分かりました』と頷いた。

 「そこで『デジタル民主主義』のプラットフォームが出てくる。その民主主義、平和主義に置き換えてプラットフォーム作っていったらいいんじゃないかな?って今思ったんです。作者の方も、どんどん本の考え方を参照していいと作中仰ってますし。性別や社会的立場、年齢などを越えて、平和の為にどうしていくのが良いのかの総意を出す。それがきっとこれからのITには出来ると僕は思います。」

 雅彦が今話題に上がっている本をカバンから出す。分厚い本だ。正平はまだ読んでいなかったが、今の説明で十分理解出来た。そのプラットフォームを作ることが出来れば、今アイデアに出たようなオンラインツアーや物販も、大勢の会議も、可能になっていく未来があるかもしれないと、正平の心は波打った。

 「…教室でさっき総意として出たことを踏まえると、このプラットフォームの主催は『信頼できる団体』じゃないといけないですね…規模の大きさも考えると、国や地方自治体、民間企業も協力して行っていく様な、出来るんだろうか?ってちょっとしり込みしちゃうような…。」千弦が呟く。

 「出来ますよ千弦君!第五福竜丸だって、中高生の努力が実って今もある。小さな声から始まったはずです。」雫が千弦の目を見て言葉を投げかける。彼女のどこにこのような情熱があったのだろう?と正平が驚いていると、真奈が挙手した。

 「信頼できる団体は…私なら『新聞』です。新聞は正確で誠実だと思います。出来たら3社合同みたいな感じで、平和デジタルプラットフォームを作ってくれたらなぁ…。こう…、開くとパソコンに、平和の駅みたいなのが現れて、クリックすると新聞の一面みたいなのが表示されて…、例えば広告部分の『戦時中食の再現送料込み2千円』の画像をクリックすると、通販ページに飛べるとか、オンラインツアーの画像をクリックすると、申し込みページに飛べるとか、どうでしょう?…。」と、真奈は目を瞑って想像を膨らませている。 

 「確かに新聞の信頼性、透明性は高い。メディアリテラシーのハードルが低くなり、子供もご年配の方も安心して見られるかも。」と千弦も頷いた。

 「新聞三社が主体となり、そこへ国や自治体が連携して、個人や戦争体験者団体、ご遺族の会に対し、情報や機会、学びの場、会場、慰霊碑維持の資本などを提供し、また物販やツアーからの収益でうまく還元していくシステムが作れたら、 官、民連携の…PPP、パブリック・プライベート・パートナーシップの関係で協力し合えるのでは?『民間企業』、『国・地方自治体』、『参加する人』の、三角形の関係が出来ていく気がします。」雅彦が宙に三角形を描く。

 「雅彦くんは勉強熱心ですね。PPP…。」と正平がタブレットを取り出す。

 「はい、学生の内に起業したいので準備しています。民間企業が主導で動き、自治体では難しい部分をサポートして、自治体の人員不足を補ったり、民間企業は社会貢献、という分野に携わるメリットがある、公民連携の町づくりのことで…、何か事業を行う時に、この部分はこの課、この部分はこの課、と、それごとに企業へ外注するのではなく、最初から最後まで一貫して任せることで、課をまたいだ事業展開が出来る様な…。

 あと、ストック・シェアリングの考え方も良いと思います。市の保有する閉校した学校などを地域共有の財産として市民がコミュニケーションを取ることが出来る会場にする。これは国と市が改修し維持をして、市民が交代で先生役をやるような学びの場とか、団体の事務局として使うような感じですかね…。」

 実際、今、ある政策が机上に並べられて、一気に現実味を増すのを正平は感じた。考える会は、若い情熱で実行の会の一歩目になりつつあると思った。

 「輪郭だけですけど今描ける『平和の駅』はこんな感じの骨組みですかね?やはり、これは国、が官の部分に主に当たると思うんですけど、担当はどの大臣になるんでしょうか?」

 書記の作業をしてくれていた真奈が、『平和の駅』の構造図を分かりやすくまとめてくれていた。イラスト化されていて見やすいものだ。連携のプロセスが幾何学的に張り巡らされ、ピンクの淡い鉛筆で描かれた小さな駅を囲んでいる。近未来的でありながらホッとする、素晴らしい作画だと正平は思った。

 「うーん、『平和庁』はないし、『デジタル庁』はもちろんとして、僕は『復興庁』かなぁと思います…。うん。食の再現なら農水省も、こどもに関するならこども家庭庁とも思いますが、芯はデジタルと復興、二つかなと。大きな意味で。」

 千弦が目を瞑って声を絞り出すと、正平を含む全員が「確かに、そうかも。」と呟いた。

 「そうだね、船とオールのようだ。二つあるから前に進む様な…。」と雅彦も頷く。

 「その二つ、長は、総理大臣ですね!復興と、デジタルは内閣総理大臣が長です。組織図でもデジタル大臣の上に総理大臣になってます。」鈴菜が調べながら目を見開く。

 正平は心に何か響く物を感じた。スポーツにおける『心技体』の様に、日本のトップの両肩にある『復興とデジタル』。この国の未来を良いものへしていこうとする心を、誠を、組織図という本来は無機質なはずの書類に感じる、と正平は思った。日本は良い国だ。必ず平和な地球へ導いていける、とも思った。

 「じゃ、第一回発足会はこの辺にして、段々温めていこうか。皆ありがとう。考える会じゃなくなったね、いつの間にか。」と正平が笑うと、皆微笑む。

 真奈が描いたイラストをスマートフォンに共有し、皆が席を立つ頃、雫がふいに正平に尋ねた。

 「六角先生は私達の話を聞いて下さるばかりでしたけど、先生は?先生のゴールはどこですか?デジタル平和プラットフォームで戦争の記憶が風化せず、平和を維持できる…ことですか?」

 『もちろんそうだ』、と言いかけて、正平は黙り込む。

 「突き動かされる何かがあってと、冒頭で仰ってました。」雫の黒目の奥に、正平は引き込まれるような力を感じた。

 「ほとんどおじいさまから聞いたことがないと仰ってましたけど、少しはある?」と千弦も座りなおす。

 「うん、体調不良で休むと『原爆にかこつけて』と言われたと…。」

 そう言いかけた時、カフェのエントランスが放たれ強い風が舞い込み、天井に吊るされた数個の風鈴が一斉に音を鳴らした。ガラスの重なる共鳴に、正平の頭は小さく軽い眩暈を繰り返す。

 もっと聞いている、そう見ている。

 一緒に散歩した幼少期、民家から漏れ出るピアノの弾き語りに、祖父は涙を流していなかったか?

 幼稚園の行事で焼き芋を焼いて一緒に食べた時、『この食べ物がじいちゃん達を救ってくれたんだよ』と、切なそうな顔をしていなかったか?

 温泉で脇の下の傷を見た。

 正平が『いたい!』と傷に共鳴すると、祖父は、

 『同じ痛みを感じなくていい。しょうちゃんの心に、これと同じ傷を持たなくてもいいんだよ。ただ、次にくる刃を防ぐんだ。同じ傷を受けないように。その為に、傷を見るんだよ』

 と、言った。

 そうだ、僕はもう、受けているんだ、使命を。最初から。

 正平がそう思った瞬間、

 

 『防げ!『次』を防げ!』 


 と、強い言葉の音が脳内に響いた。機械が擦りあう金属音の様なものの後、脂汗が滴って、靴先を濡らす。

 「先生!大丈夫ですか?」雫がただならぬ正平の様子に、慌てて服の袖を引っ張ると、ハッと覚醒したような表情を見せて、力が抜けたように椅子に座りこんだ。

 正午が近くなり、カフェの職員が壁付けのテレビをリモコンで点ける。

 現れた午前中最後のニュースは、青空を背景にした小学生くらいの少女を映していた。


 自身の靴先を見つめる正平に、少女の語りが聞こえてくる。


 『…核兵器は抑止力ではなく、自国の主張を無理やり押し通す為の脅しだと私は思います。核兵器廃絶を私は願います。互いの違いを認め合い……』


 その通りだ、と正平は思った。

 もう一度人に向けて落とされたら、地球は終わってしまう。それはこの世界にあるべきじゃない。

 正平は祖父の傷をはっきり思い描いて、心の中で連呼した、『次を防げ!』と。

 

 「雫さん、僕は、全世界から核兵器をなくす。それが僕のゴールです。」

 汗だくで雫を見上げる正平の表情に、さっきまでなかった強い決意を見た雫は、ほんの少しの身震いを感じ、立ち尽くす。他の学生も、大きな、実現可能なのか分からないとも思える正平の宣言に、言葉を失っていた。

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