表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

全世界が共通の真っ白な国旗を掲げた日、の前夜PM11:20平和記念公園

 晩秋の匂いを感じさせる空気だ、と六角正平は思った。ロングコートを着ていても寒い。風が強い日だ。木々が揺れて何かを叫んでいるようである。空が黒いからであろうか?それは意志を持ったうねりの様に見えて、畏怖の念を覚える。

 平和記念公園に設置された大型のデジタル時計は、0日0時間40分を切った。あと40分で、『全世界・同日同時刻・核兵器廃絶プロジェクト』が実行される。夏の日に式をした場所にまた集い、メインステージにあるスタンドマイクに立つ内閣総理大臣が、スピーチを行いカウントダウンする。式次第もある。夏の日と同じように警備はあるが、今日は関係者に限られた出席だ。だが、全世界に中継されるし、動画配信で見ることも出来る。一人一台とはなっていないデバイスだが、一家に一台は達成した。素晴らしい全世界の協力であった。

 デバイスと共に全世界全世帯に配られた物がある。真っ白なフラッグである。旗自体はA4サイズ程の小さな布で、昔ながらの竹の棒に括り付けられている。公道を優勝者がオープンカーでパレードする時に、沿道にいる人々が手にしている様な按排だ。『2026年地球国旗』と日本語と英語で竹の持ち手部分に刻印がある。この旗を全世界に用意するのは、ただならぬ努力が必要であった。それでも、このプロジェクトが成功する助けとなる、と皆で話し合った結果の遂行であった。竹や布にも歴史や伝統を取り入れて、日本の誠心誠意を込めた。全世界の人々は、デバイスと共に届いたこの旗に首を傾げる人も多かったはずだ。でも、一緒に付けた、それぞれの国の言葉に翻訳された説明文が、この旗の意味をよく伝えてくれた模様である。混乱はなかった。発足会も手伝い、何とかこの日までに全世界に行き渡った。

 式次第にも『国旗掲揚』ならぬ、『地球国旗掲揚』の部分がある。個人が持っている物と違い、縦1メートル、横2メートル程の大きな白い旗が、会場に掲げられる予定になっている。

 正平は説明文に目を遣る。

 

 『白旗とは、降参や、戦意がないという意味であることは皆さんご存じの事と思います。負ける、と言う事にはマイナスのイメージも伴いますが、我が国では命が消える寸前のお二人が、残された力を振り絞って衣服で作った白い旗が、幼子の命を救った歴史があります。白旗は命を救ってくれる、守ってくれる、その、印象に宿る力を貸してもらおうと、今回この国旗が全ての方の手に渡る様に努力いたしました。そしてこの国旗が、惑星地球の国旗となり、自国の国旗と合わせて掲揚して頂ける、ここから始まる新しい世界の第二の国旗となることを祈っております。

 197ヶ国の国旗は個性溢れる、様々な配色の物ですが、最初は真っ白なキャンバスから始まっている。その最初に一度戻り、我々地球人は一つであると団結しましょう。また、全世界が降参宣言をして勝者がいなければ、皆が平等に目的に到達できます。白い色には清らかな心、素直な心という意味もあります。皆で負けて、皆で勝って、その降参宣言の総意を地球に見せて、これからの未来を自然界と共に良いものにしていけるようにしていきましょう。私達の愛する子供達の為に。是非このプロジェクトを見守って頂き、このフラッグを振って応援して頂けることを、関係者一同願っております。』


  今日、この場に来られない人々も、テレビやスマートフォンで日本時間0時を見守る。スポーツバーの様な所に集う人も多い。オリンピックやスポーツの世界大会さながらに、ではあるが、厳かなのだ。騒ぐ雰囲気はなく、祭りではない。ただ、粛々とその瞬間を全世界が待っている。

 内閣総理大臣がスピーチする演壇の背景には幕が張られ、核保有国の執務室がそれぞれ映っている。まだ着席している大統領、リーダーはいない。その他にも世界遺産の情景が流れ、会場で待つ人々は退屈せずに映画のフィルムの様なそれを見て過ごしていた。

 平和デジタルプラットフォーム発足会のメンバーは全員出席の予定であったが、美咲は仕事で中東にいる。この中継をデバイスで見ていることだろう。発足会のメンバーは後方エリアに場所を見つけ、座っていく。

 千弦と雅彦が正平の両脇に座り、近況を語る。雅彦は慰霊碑のマップ化と、地域の観光と繋げる取り組み、そして慰霊碑管理の講習をモデルタウンと共に、一歩目を踏み出したところだそうである。

 千弦は今回デバイスの普及率が全世界で100%に近くなったことで、出来る事を考えあぐねているらしい。教育や医療などの情報も行き渡るチャンスだが、安全性が大事だと、溜息をつく。

 「六角先生は?」と問われる。

 「…僕は、平和デジタルプラットフォームは、核兵器廃絶がゴールではないと思って、もっと広げていくべきだと思っているのです。」という正平の言葉に、二人はデジタル時計の隣にある、核兵器の放棄がAI判断される世界地図の電子版を見つめて、表情を固める。

 「ゴール、じゃないですか?ここまで頑張って来たのに?」千弦が少し肩を落とす。

 

 「ええ。平和=戦争を起こさないということであるなら、戦争を起こさない為のアルゴリズムを取らないといけない。戦争を起こさないという目標に達するアルゴリズムは複数でも、共通するものがある。それは…『加害を見る』ということであると僕は思います。」と、正平は自分に言い聞かせる様に続ける。

 「皆で話し合った時の事、覚えていますか?最初の最初は、差別です。僕は調べていて思いました、何て膨大な数の差別、差別に纏わる事件があるのだろうと。それほどに人類の歴史は、何度も何度も差別から生まれる争いを繰り返してきた。歴史は繰り返す、歴史に学ぶのであれば、差別に至らない様に、個々が、国が気を付けて、慎重に、自分の行動や行為、言葉に責任を持つことが求められると僕は思います。差別は現代にないわけではなく、この日本にもまだある。相手を不確かな情報の元に決めつけ、糾弾するようなものもよくある。 介護施設での悲しい事件も記憶に新しいところです。

 他者を下げることで、自分を保ったり上げようとしたりする、それはその人にとっての正義で、人を傷つけている自覚はないことが問題だと僕は思うのです。つまりは、『加害』を『意識』していない」。

 雅彦と千弦は黙して聞いている。二人の隣の雫と真奈もこちらに身を乗り出した。

 「日本は、第二次世界大戦において加害者の側面の方が大きいことをもっと見るべきだと僕は思うのです。もっと知り、解明し、謝罪して、今、2026年においても可能な事を…出来る事なら遡及して手を伸ばす…例え国家による隠蔽で資料がないのだとしても、歴史は忘れていない。歴史は見ています。真実は消えません。真実はそこに在り続けます。第二次世界大戦以外の差別をも、です。それは…とても大変なことであろうけれども、加害を戦争や誰かのせいにして意識せず、認識しなければ、また戦争が生まれてしまいます。だってそれは、自分の行動行為、言葉に、責任を持たないということであるから。」 

 正平が一呼吸置く。

 「人を傷つけているという認識がなく、それが正義であると思い込んでしまうと、攻撃になっていってしまいますね…。」と雅彦は呟いた。

 「僕らの時代には第二次世界大戦の資料はまだ多く閲覧することが出来ました。漫画のようなもの、挿絵が入ったお話など、年齢制限なく触れることが出来たのです。中国の方や、マレーシアの方、アジアの方々への、人を人とは思わない迫害の実態を僕は読んだことがあるのです。意味もなく殺めたり、物を奪い、辱める。僕にとって衝撃的でした。」

 と、正平は一呼吸置く。

 「沖縄を犠牲にした事、アジア諸国への加害、国内の差別ではハンセン病患者を『無癩県運動』で、官民合同で患者をあぶり出し強制連行した。隔離して、断種手術や中絶手術を強制し、病気を治すではなく、そこで死んでもらう為の場所に入れてしまった。部落問題、同和問題もあります。江戸時代の身分制度で低い身分だった人を場所を決めて居住することを決めつけたものです。この影響は今もあります。戦後に国籍を失った在日朝鮮人、在日中国人の方の問題も今もなおある。関東大震災の時のデマからのジェノサイドも、解明、謝罪されていくべきだと僕は思います。そして離れ離れの人達が出会えるように、お互いに謝罪して協力していく…。 オール・リーダーズ・ミーティングの答えの様に、句読点は打つ、でも、解明して、今を苦しむ人達を力の限り助ける、それが、平和へ繋がっていくのだと、信じます。」

 と、正平は手元の資料を見る。どれほど膨大な数の人々が、罪なき罪の上に断罪され、迫害を受けたことだろう。

 「幼い僕はその話を読んで、僕も条件が揃ったらこの日本兵のようになってしまうのかしら?って思ったんです。怖かった。だって、それをしなかったら自分が殺されるとしたら?そして自分が殺されても、その後で他の従う日本兵が殺めるなら、結局は相手国の方は助からない。何年も、ぼんやりとした自我の頃からずっと自問自答していた。人間とは何なんだろう、と。心を失くしてしまう人の内側が理解出来なくて、理解できないからこそそうなってしまうかもしれない可能性がある『人間』であることが怖いと思ったんです。でも…。」正平は振り切ったように夜空を仰ぎ見た。

 「命のビザのように、命を懸けて戦う人もいた。ハンセン病も、ハンセン病と診断されると強制連行になるので、別の診断をして…自分の命をかけて診断をした医師がいました。そのように、真っ暗闇の中にも、人間の素晴らしさを感じさせてくれる光の筋のような人がいて、その存在に僕は救われました。僕は、その、人間の素晴らしさの方を目指せばいいのだと。心が楽になった。」正平は微笑む。

 「不思議な存在ですよね、人間って。どこからきたのかも、どこへいくのかも、なぜ生きているのか生かされているのかも分からない。何が正しいのかも時代に寄るし、沢山悩み、自己嫌悪したり、奮起したりして脳は常に忙しい。他の動物たちは堂々と、今日を精一杯生きているのが羨ましかったりします。」雫が顔をぴょこっと出して正平を見た。

 「うん。案外、この世の仕組みを知っているのかもしれないですね?」と、正平は夜を羽ばたく鳥を見る。

 「差別の前にある答え、は、自分で自分を満たすことだ。他の誰かを落として自分を上げるのではなく、自分と戦って自分を強くしていく。不満の矛先を外へ求めず、自分自身が輝くんだ。そうしたら、差別も戦争も起こらない。自給自足だ。」と雅彦が明るく言う。皆、頷く。

 正平はカウントダウンを見つめる。まもなく開式である。

 「じゃあ先生は、色んな差別を解決していけるようなプラスアルファをプラットフォームに作っていきたいんですね?」と千弦が聞く。

 「はい。まずは、きのこ雲の下のように…何があったかを皆がちゃんと知る事からですね。核兵器廃絶がゴールだと発足会の発足の時は思ってましたけど、今、まだ途中みたいです。どの出来事にもそれを専門にして、真摯に向き合っておられる方々がいらっしゃいます。また、教えてもらいに行こうと思います。」と正平が頭をポリポリ掻く。

 「大変ですね、先生の使命。」と雫が切ない目で正平を見る。

 「まぁこんな性格なので、一歩一歩ですが、みんな力を貸してくれますか?」と正平がメンバーを見渡すと、全員が「はーい!」と右手を挙げた。

 頑張っていこう、と正平は学生たちの顔を見て思う。

 平和が完全に地球を満たし、戦争も差別もない世界が当たり前になるその日まで。未完で終わるかもしれない、息を引き取る前日になるかもしれない。

 

 でも、やってみよう。

 それが、僕に託された声なき声の、総意だから。


 式が始まる。

 核保有国のリーダー達は執務室の席に座る。演壇の後ろにあるスクリーンに全員が映る。皆、緊張の面持ちだ。他のリーダー達は、会場にいる人もいれば、自国で見守る人もいる。世界中がデバイスをここへ繋げて、電子は地球規模の繋がりを見せていた。

 時差があり活動している地域では、仕事の手を止め画面に目を遣る。フランスの山中にあるオーベルジュでは、夕食の仕込みの手を止めて、皆で肩を寄せ合った。西海岸の遊園地も観覧車を止めて、運命の時を待つ。眠る地域も今日は眠らず、進藤葵は自室の天窓から見える夜空に願いを捧げた。

 

 総理はカメラに映らない位置で居住まいを正していた。新幹線柄の靴下がチラッと見えて、正平は微笑んだ。飾らない素朴な雰囲気が、正平は好きだった。

 総理は演壇に一段登り、マイクを自身に向ける。

 

 総理が話さないまま、出席者起立の下、開式の辞を進行役の女性が読み上げる。白い、地球国旗が掲揚される。ここで流れたのは水の音や風の音、虫の声を合わせたような不思議な、神秘的な音楽だった。

 出席者が着席して、総理のスピーチが始まる。


 『ご清聴ありがとうございます。日本、内閣総理大臣です。皆様、ここまでの多大なるご尽力に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。ようやく、ようやくここまでやってきました。全世界が一つになり、一つの目標に向かって歩むことが出来た2026年でした。もちろん、まだ解決すべき問題はあります。それには、まず、私達が、宗教や、目の色肌の色が違っても、同じ人間である事を意識して協力し合うことが大切です。外見は違っても…。』

 と、急に目で追っていた原稿を閉じ、正面を見据えた。

 『皆さん、ニュートリノが発見されたのは、それ自体が見えたからではなく、車が走って砂が舞い上がるような、車自体が見えなくても、痕跡があったからです。私はその痕跡を考えた時、外見ではなく、自然界から人間を見た場合、我々は全く、同じ人間であろうな、と思いました。

 例えば、空気がなければどの国のどの年代の人でも生きていけません。急所に弾が当たれば、民間人でも兵士でも助かりません。時間は誰しもに平等で、死も必ずやって来る。自然界から見たら、同じ、人間である。それを意識したら、立ちはだかる壁も、手を取り合って超えていけると思いました。壁は平等に障害物であっても、手を取り合った方が越えられる可能性はぐんと高くなります。だから、一つの惑星、75億人皆が、同じ人間であると、自然界に、宇宙の彼方からでも、神様からでも見える様に、地球という惑星の国旗を掲げましょう。国旗は所属の意味です、我々は地球という惑星に所属している皆一緒の生命です。その清らかな真っ白の総意を見たら、きっと地球は力を貸してくれると私は考えます。

 私は今日、放棄するボタンを持っていません。でも主催国として、世界で唯一の被爆国として、核兵器の抑止力などなくても、我々は協力出来ると確信しています。地球に、自然界に降参宣言をして、この日から一緒にスタートを切りましょう。明日はとても歴史的な日です。地球一つ、一丸となり、お配りした白い旗を全世界で掲げましょう。祈りが届くように。』


 このプロジェクトは『意志』である。意思が一つでも揃わなければ、非常に危ない状況になる。表裏一体である。

 命を懸けている人のなんと多いことか。自分もそうだ。

 どうすれば世界中の人々に誠心誠意が届くのだろう。

 

 そうして皆で考えて、考えて、思案の先に目に入った物が、日本国旗の『白』の部分だった。白旗は持つ人の命を助ける。だから、全世界に届けるのだ、と。

 

 飾らずに、ありのままに。

 日本の誠意よ、届け。

 この旗に乗っていけ。


 総理のスピーチが終わるや否や、会場にいる人々は皆、持参した『2026年地球国旗』を掲げた。

 するとその模様はカメラにクローズアップされた。


 総理はその様子に『ありがとうございます!全世界の皆さんも、白い旗を掲げて下さい!』とマイクを通して叫ぶ。

 

 日本から白い鳥が無数に飛び出していくように、白が広がっていく。

 衛星が驚く程、全世界が白い旗に覆われていった。その様子は、自国民の様子を見つめているリーダー達の目にも、国民の意思として真摯に伝わっていく。


 宇宙ステーションで夜の地域を見ていた宇宙飛行士は、小さなスマートフォンの光の巨大な集まりで、輝きを増す祖国に感嘆の声を漏らした。

 「なんて美しいのだろう。ここに来る前に最後に、と訪れた滝にあった、瓢箪を点で掘って図柄を描いたランタンのようだ。」と、お守りにしている瓢箪の小さなキーホルダーを同僚に見せ、微笑んだ。

 きっと大丈夫だ。また、あの光り輝く優しいランタンを見に行けるだろう、とポケットから白いハンカチを取り出して地球に掲げ、目を閉じた。


 いよいよである。



 スクリーンに映るリーダー達の前に、放棄のボタンが用意される。


 『カウント・10ミニッツ!』総理が叫ぶ。


 正平たちも固唾を呑んで見守る。走馬灯のように、発足会が出来たあの日から通って来た道のりが脳裏に流れていく。長いようで短い、大切な期間だった、と正平は目を閉じて噛み締める。


 『カウント・5ミニッツ!』

 会場にいる閣僚達、被爆者団体、体験者団体、核兵器開発と攻撃に関わった人達の子孫、核保有国ではない国のリーダー達が、スクリーンに映るリーダー達と『放棄』の心を合わせる。

 

 『カウント・60セコンズ!』 PM11時59分00秒。

 世界中の人々が、目を細めて、目を閉じて、天を仰ぎ、愛しい人を、側にいるものを抱きしめて、スマートフォンを握りしめ、パソコンの画面を静かに見つめ、アルコール度の高い酒を置いてテレビに祈る。


 『カウント・30セコンズ!』

  一秒一秒の長さに戸惑いながら、新聞社の福田唯は、世界遺産の映像の美しさに涙を滲ませていた。  


  グランドキャニオンの赤い砂岩の25億年の悠久。


  マダガスカル東部の熱帯雨林で人の致死量の青酸を含む、竹の若芽を食すゴールデンタケキツネザルの、種の保存に真摯に向き合う姿。

 

  廃鉱したスズ採掘地を復元して作られた大規模人工熱帯雨林が教えてくれる、人と自然がハーモニーを作ることが出来る未来。

 

 毎日噴火し続けるストロンボリと周辺の火山島が吹き出すマグマは土地を作り、地球の成り立ちを厳かに示してくれる。


 なんと美しいのだろう。もっと、もっと、見ていたい。子に見せたい。

 と、唯は一粒の涙をこぼした。


 

 『カウント・10セコンズ!オンユアマークス・ゲットセット!』総理の掛け声で、リーダー達は放棄ボタンに人差し指を合わせた。


  声変わりの前の刹那、ソプラノを響かせる男子の今。

  時間尺が違う愛犬と交わす抱擁の今。

  暗闇の水の中から一気に空気を取り込んで泣き生まれる赤子の今。

   

  今、この一瞬を懸命に生きる為に、続いて欲しい世界がある。


  『ファイブ!フォー!スリー!ツー!ワン!』リーダー達の指をカメラがクローズアップする。会場にいる全員が思わず息を止めた。


  『ゴー!!』

  デジタル時計が00秒を示し、停止する。

  スクリーンのリーダー達の指が、ボタンを迷うことなく弾いた。


  核兵器『保有』の赤い点滅が、ドミノ倒しの様に青の『放棄』へと移る。

  全部が青になる。



 「成功だ!!やった!!」と、発足会のメンバー達を含む会場にいる全員が、両手を挙げて歓喜し、抱きしめ合った。涙を流し、立ちすくむ人もいた。

 世界中から『ウォォォォ!!』と興奮の声が幾重にも共鳴し、拍手喝采をする人々、飛びあがって喜ぶ子供達がスクリーンに映し出される。


 「葵さん、魔法がかかったよ。叶ったよ?」千弦は涙で溢れる目を擦りながら呟いた。

 正平も雅彦も嗚咽を漏らすほど泣き崩れていて言葉は出ない。

 雫は曽祖父の写真を胸ポケットから取り出し見つめて、『ありがとう』と呟いた。


 総理は涙を浮かべながら、関係者に順番に握手を求めていく。『ありがとう、ありがとう』と何度もお辞儀を繰り返し、声をかける姿は、オール・リーダーズと共に記録に残り続けていく…。



 10年先、20年先、30年先、『あの時あなたは誰と一緒にその時を迎えたの?』と、誰もが、

 『核兵器のない世界』が始まったその日本時間午前零時を振り返り続ける。



 歴史が動いた。

 世界が変わった。

 その『点』は、新しい未来への始発駅の様に、人々の心にあり続ける。

 

 「先生!雪です!」と雫が叫んだ。

 会場の全員が、その声に空を見上げる。

 

 秋である。雪が降るには早く、北の地でもない。それでも大粒の真っ白な雪が、とめどなく会場の公園に降り注いだ。

 まるで全てを浄化していく様でもあるし、報われなかった命が天へ還る為に、迎えに来た純白の様でもあった。真っ白な雪は真っ白な地球国旗の前になお白く、雪の影が旗に作り出す模様は幻想的である。皆が言葉を失い、その美しい情景に見惚れていた。続けて映し出されている世界遺産の映像の前にも、真っ白な清純が通り過ぎていく。賛美するかのように。


 「綺麗ですねぇ…。こういう、現実にあり得るけれども、偶然では説明できない出来事は、見えない世界からのメッセージであると、僕は思い、大切にしているんです。」と正平が泣きはらした目で言うと、

 「確かに、そうです。先生が言ってた意味、分かった気がします…。」と千弦が頷いた。

 


 誰もが色々な画材で、好きなように好きな花を、実在する花でも架空の花でもいい、顔がある花でもいい。自由に画いて自由に色を塗って、それを画用紙から切り取って大きな真っ白のキャンバスへと貼っていく。大きな花束は咲き乱れ、その背景には命を歌う若者たちの合唱がある。


 先日正平が招かれた中学校の文化祭で見た光景だ、そんな風に。

 多様性が花咲いていても、一つの大きな花束に見える、そんな風に。 

 誰もが精一杯の花を咲かせる新しい世界を、皆で。

 


 ー『全世界が共通の真っ白な国旗を掲げた日』ー

                             完



 

Thank you for everything.

Popuri Kaoru

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ