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オール・リーダーズ 2026年8月6日AM8:00広島平和記念公園

 8月6日の広島の朝は早い。祈りや願いを込め、安全性に配慮しながら毎年、平和記念公園で平和式典が行われる。8時に開式し、原爆死没者名簿奉納、式辞、献花、黙祷、平和宣言、放鳩、平和への誓い、挨拶、広島平和の歌へと続いていく。去年から招待ではなく申し込む形を取るようになった。無論、我が国も申し込んだ。

 真夏の日差しは容赦なく照り付けるが、自分も、他の大統領、首脳、政府関係者も、暑さなど超えて、今黙祷をするのだ。81年前の今日、この時間に、爆心地付近の地表温度は3,000度から4,000度に達した。これは鉄が溶ける1,500度の約二倍から三倍にあたる。

 想像も出来ない数字は、『きのこ雲の下を追体験する動画・松の木の視点』の世界中への広がりでそれぞれの一人称にきちんと認識された。その温度が、人を直撃したのである。

 8:15黙祷。

 喋っているのは蝉と鳩だけだ。自分も無に落ちる。無に自分を広げて、熱線に焼かれた人々を想う。もう二度と繰り返してはならないと、背景にある原爆ドームが全力で無言のメッセージを我々に送る。

 式が終わり、隣国の大統領と雑談をする。良い式だったと、青空を見上げる。

 秋には人類の歴史的な日となる、『全世界・同日同時刻・核兵器廃絶プロジェクト』が、ここ平和記念公園をメインステージとして執り行われる。プロジェクトは厳かだが、世界の一大プロジェクトとしてオリンピックのグランドスラムの様な様相を呈している。秋のその日に向けてデジタル時計は時を打つ。日本の、この広島平和記念公園に設置された時計のカウントダウンがゼロになったその時、核保有国のリーダー達はそれぞれの国で核放棄のミッションを行う。そのミッションがクリアしたことをAIが正確かつ公平に判断する電子版も、カウントダウンする巨大なデジタル時計と共に設置されている。電子版は世界地図になっており、核保有国に『hold』保有、と『renounce』放棄、のライト点滅が付いている。無論今はどの保有国も『hold』の方に赤い点滅が現れている。

 このプロジェクトはホストが日本、国連がサポーターで、他全世界が参加者である。日本の総理大臣の掛け声を中継し、我々はその時に放棄のボタンを押すのである。

 ボタンを押してもそこに核兵器はあるので、そこから解体へと物理的な処理に向かっていくのであるが、それも全世界で精鋭チームを結成し、資金も順調に集まった。

 この画期的なAI判定のシステムは、デジタル技術に突出した台湾の精鋭チームの力であった。そこに核兵器が物理的にあろうとも、大統領、リーダーが、放棄のボタンを押せば核兵器に対しアクセス不能に出来る。

 『その時』は近い。皆、不安と希望と興奮で、中々寝付けない日々である。ここまで来るのは困難の極みであったことは言うまでもない。世論は力強くバックアップしてくれたが、これは全世界の同意が要ることなのだ。何度も何度も交渉を試み、説得して、その後のインフラや技術の援助を約束して、それでも首を縦に振らないリーダーも、日本の発足会代表が言った言葉が印象に残ったようでようやく我々は一致団結出来た。そう、『あなた方リーダー達の名は、未来永劫、勇者達として語りつがれ忘れられることはない』というものだ。確かにそれは頷ける。これは、自身の政治生命はおろか、命をもかける程の決断なのである。

 映画の様に今我々は銃を持って円になり、円にいる誰かは元よりその近くにいる者すら撃つ構えで、いつでも撃ち、撃たれる位置に向かい合っているのだ。

 この時、銃を下ろすのは全員が同時なのがセオリーである。なるほど、と思う。

 緊迫感が、下ろしたあの瞬間に崩れ安堵が訪れる。その『地球規模の安堵』はとても歴史的なものだ。この目でそれを見たいし、身体で歴史が変わるのを感じたい。

カウントダウンのデジタル時計と世界地図の横には、197の国旗の壁画も作られている。これは有志と地元の子供達の手によるもので、プロジェクトが終わっても記念碑として保存されるそうだ。

 こうして197もの国旗を眺めると、色とりどりでモチーフも鷲や蛇など多岐に渡り、形も長方形だけでなく正方形のものもあるので、国の個性がよく見て取れる。配色も、支配を受けず独立を保った国の国旗にあやかって、というものもあるし、日本の様な、清らかな心をを示す白と、太陽を示す赤、という国もある。国旗が作り直された数もその国による。国のアイデンティティを示すもののように思えるが、起源は戦場での所属を表す軍旗にある。その後船舶の所属を表すための商船旗となっていった。

 そう、所属だ。国旗を背負って戦う、アスリート達のようだ。『所属』の言葉に含まれる意味の、なんと広大なことか。責任、愛、生まれ、帰る場所、私の、あなたの…。誇りや歴史、匂いや音すら感じる様なワードである。

 席を立つと、見たことがある顔が目に入った。『ミサキ・スズモリ』だ。このプロジェクトは彼女の『ミサキ アンド ハーユーフォニアム』が人々の心を打ってここまで来たと言っても過言ではない。テレビで見た彼女は演奏していたのであまり表情が見えていなかったが、こうしてみるととても幼く見える。彼女と話している男性は、その(・・)時、『あなた方リーダー達の名は、未来永劫、勇者達として語りつがれ忘れられることはない』と転機を作った、発足会のメンバーだ。彼が、彼女が、彼等がいなければ、核兵器廃絶という不可能と思われた目標はここまで来たであろうか?運命とは。そう思わざるを得ない。とにかくカウントダウンがゼロになるその時まで、全世界の意思がこのままであることを祈ろう。全世界の足並みが揃わねば、逆に危ない事態に陥る。それは円状に銃口を向け合っている時と同じことだ。下ろし、放る、その時まで。

 今日はこの後、これも人類史上初となる、197ヶ国の大統領、首脳など、このプロジェクトに参加する全ての国の全てのリーダーが、会場またはWEB参加する、拡張熟議が行われる。『下ろし、放る』を確実にするための話し合いは不可欠である。

 ミサキ達も会議に来るのであろうか?この拡張熟議の会の名は、『オール・リーダーズ・ミーティング』である。彼も彼女もまたリーダーであろう?この前の様に、張り詰めた空気に転機をくれるのも、才能の一つである。それと同時に、今日の会議は『張り詰めた空気』はないように祈るとする…。



 「六角先生、おはようございます!」美咲が笑顔で正平に挨拶をすると、正平は満面の笑みで右手を差し出し握手を求めた。

 「元気そうで!良かった!」と屈託のない笑顔で言う。

 会場を後にして、公園の中を歩きながら会話する。今日は交通規制があるのでそれに従う。

 「美咲さんのおかげでここまで来たね。本当にありがとう。…そしてごめんなさい。僕は君のボディーガードをするべきでした。」申し訳なさそうに頭を掻く正平に、美咲は首を振る。

 「いいえ、大丈夫ですよ?こうしてもう、すっかり元気です!」とブラックフォーマルに黒のパンプスの状況でぴょんぴょん跳ねる。

 「私のおかげなんて…そんなとんでもないですよ。ただの…小娘っていうか…今、人道支援団体のインターンをやらせてもらっているのですが、何もできないよぉ!を、痛感して毎晩落ち込んでます。」と、がくっと肩を落とす。

 「いや…君は『氏』ですよ。」

 「し?」と美咲が不思議そうな顔をする。

 「訓読みは『うじ』の、『氏』。要するに、鈴森美咲氏、なんです。僕はこの、名前の後に『氏』とつける日本語って、いいなぁって思っていて。年齢も性別も、目の色も肌の色も関係なく、ただその人の歩いてきた道のりや、積んできた努力、お人柄に敬意を示せるような気がして。」

 正平の言葉に美咲は、

 「そんな、鈴森美咲氏なんて、照れちゃいますけど…きっと、人に対していつもそうやって思っていらっしゃる六角先生なら、差別や偏見なんて縁遠いところにおられるのだろうなぁって、逆に尊敬ですよ?」と、はにかんでうつむく。

 「…傷はもう本当にいいのですか?」とまた、正平が申し訳なさそうな視線を向ける。

 「…はい、まぁ…一生残ると言えば残るんですけど…。」と美咲が言った瞬間、蝉が木から飛び立ち二人は驚いて軽く悲鳴を上げた。

 「ははは。そりゃずっと地中にいて、7日間のパラダイスですからね、蝉も。」正平のその台詞の後、しばらくの沈黙が続いた。

 「…目が覚めてから、この傷を鏡の中に捉えながら、また演奏中や演奏後に襲われたらどうしようって、トラウマのようなもの…あったんです。でも…それは自分が生み出す妄想であって、そういうところから、自分を頑なに守るために、人を傷つけていってしまうんじゃないかって思って。そういう不安が、誤情報を引き寄せたり、排他に繋がるような…その始点のような気がして。その始点を、点のまま終わらせる為に、今も休暇があればバックパッカーアンドソロ演奏の旅をしています。やっぱり妄想だったぁ!どの国の人々も、『ミサキ!ウェルカム!』って言ってくれます。良かったぁ、一歩を踏み出してみてって、思いました。」美咲の全開の笑顔に、正平は胸が一杯になった。

 沢山の管に繋がれて青ざめていた彼女が、言葉では言い尽くせない程の坂道や壁を超えてきたのだ。その太陽の様な生命力と世界への愛は、間違いなくこのプロジェクトを支えているのだ。

 「人道支援の仕事見習いをしていて思います、例え核兵器がなくなっても、世界の問題はなくなる訳じゃないと。第二次世界大戦からの戦争も150を超える。この世界で戦争がなかった瞬間はない。でも…。」美咲は言葉を区切り、正平を仰ぎ見た。

 「そう…僕らにはデジタル平和プラットフォームがある。戦争はなくならないと、決めつけず、諦めず、拡張熟議をして接合点を探していくのがいいですね。フェイク報道に対する防衛の権利、言論の自由という権利、その盾と矛のような関係も、皆で知恵を出し合って、誰もが平和に暮らせる世界を作っていくのがいい。75億人が知恵を出し合ったら、そりゃあ最強ですよ。」正平がネクタイを緩めながら言った。

 諦めず、決めつけず、未来を作っていく。美咲は頷く。AIを味方にして、戦争のない飢餓のない、衣食住学に全世界が過不足なく当てはまる世界を作る。今までAIはこの世界になかったのだもの。それが今はあるのだもの。どうしてそれが出来ないと言えるの?きっと出来る!

 美咲はカウントダウンする巨大なデジタル時計を見て、未来、へとエールを送った。



 拡張熟議『オール・リーダーズ・ミーティング』は、港にそびえる国際会議場へ場所を移し行われる。次席補佐官ロバート・グリーンも、首席補佐官、大統領と共に、国名の木札のある席へと着席した。音楽イベントも行われる国際会議場は、四階相当まで吹き抜けていて円形の天井である。正面に大きなスクリーンがあり、会場に来られない国の大統領や首脳達がWEB参加として映し出されている。時差もあるが、今回のプロジェクトには地球の命運がかかっている。全員参加であることの意味は大きい。どの国の大統領も首脳も、国の伝統衣装やフォーマルスーツに身を包み、国の代表であることを体で表している。

 特に、核保有国が廃棄へと一致団結していることが『疑われないこと』が大事である。その為に、今一度この時点で、我々は同じ地球人として、この2026年8月6日、今までの歴史を含み超えて、許し合い協調していく、それを確かめる、ための、念には念を、の会議なのである。

 しかし、蓋を開けてみるとやはり、197ヶ国のうちの二国間、三国間の問題や、どっちが先に戦争を仕掛けたか、あの出来事を問題視するならば、そちらの加害のあの出来事はどうなる?どちらがより悪いのだ?と、矢継ぎ早に問題提起が為された。

 だが、この問題提起は絶対に無視はしてはいけない、とロバートは思う。核兵器を全世界から廃絶することを思えば二国、三国間の問題は、と外目には思えても、亀裂は徐々に広がり根元を揺るがす事態となる。戦争もそうだ。『〇〇戦争』と名のついたものも、その戦争においてはその国が仕掛けたように見えるし、史実上そうなのであるが、そこに至るまでには様々な出来事があり、積もりに積もった『前提』があるのである。何もかもは繋がっている。負の連鎖なのである。

 特に問題なのは国家的に隠蔽工作がなされた過去があると資料が残っておらず、事実関係の確認が取れないことだ。

 加害者側は加害を見ない。出来れば見ないようにする。それは、悲しみの中には生きられても、苦しみの中には生きられないからだ。認めてしまえば苦しく、見ない様にすれば苦しくない。そも、その加害を行ったのは確かに祖先とはいえ自分ではないし、祖先も時代やその時の軍に強要されての事である。だから、その加害を行なった国の人、は自分達とは一線を画す、という見解だ。確かに今は1945年ではない。もう81年も経ったのだ。ずっと、ずっとそれを責められ続けては、友好国となり得ない。

 だが、被害側から見れば、今のその国の人々がどれほど優しく慈愛に満ちていても、過去に加害を行なった国の人のイメージはそのままにあり、時はストップしている。その気持ちも頷ける。それほどに大きく深い傷を受けた。家族を奪ったその兵と、同じ言葉を喋り同じ雰囲気の人間に、同じイメージを持つのは至極当然のことのように思える。

 この二つ、接合点はあるのだろうか?と、ロバートは拡張熟議の動向を見守る。197ヶ国の脳が、ベストやセカンドベストを生み出していく。スクリーンからWEB参加の面々が消え、意見の分布図がAIにより示される。好戦的な意見は赤く、中立的な意見は緑、平和的な意見は青く、マイノリティな意見は深紫となっている。個性的なデザインの布の様に鮮やかだ。 

 次に接合点を探していく。水の流れが、ぶつかれば右か左か、次の岐路は右か左か、そうしてアナログのようでAIが、電脳計算する接合点の総意は、

 加害、被害の歴史に、今日この2026年8月6日に、一度『ピリオド』を付ける。忘れるのではない。『点』を付ける。句読点である。そして、変えられない過去よりも、変えていける未来を見る事。お互いに、今現在進行中である、お互いの国民にある悲しみや苦しみを、出来る限り取り除けるように、協力し、解明し、解決に導くこと。

 それでは国際社会がその為に出来る事とは?と、具体論が求められる。

 今度の分布図の色は、赤がない。緑と青と深紫に限られていて、ロバートは感動を覚えた。

 

 例えば、二階建ての家しか建てられない区画にもう既に二階建ての家が建っている。その隣に三階建ての家を建てたいなら、二階建ての家の家主と、区画の責任者には許可を貰わねばならない。そんなイメージの…『二階建て家主』『三階建て希望施主』『区画責任者』のそれぞれの意見、立場を、取り持つ様な国際社会。


 世界にある国際法は、世界と足並みをそろえる為に大事である。その法を守っていくには?地球は、75億の民主主義の惑星一つとなっていく未来であるならば、各国、オール・リーダーズは、それぞれの国の民の意見に必ず耳を傾け、その総意を聞くべきである。その為には?


 お互いを知り、理解するには?


 その疑問符の水が流れ込む大海は、75億の意見が反映される地球。


 皆の意見を聞くのだ。我々だけでなく、国民みんなの意見を。


 「総意、全地球人が、正しく平等な情報の元に、意見を言える場所へアクセス可能なデバイスを持つこと。普及率が低い国には、他の国々が総出で助ける事。普及率が低い国は、その国際社会の助力を受け入れることで、国際社会の中の一国としての明確な椅子を得る。」


  秋の、『全世界・同日同時刻・核兵器廃絶プロジェクト』のその日までに、地球上の隅から隅までスマートフォンが行き渡るように。75億人がその瞬間を見守れるように。そうすれば、『疑念』は生じない。全世界の目の元に、鬼は生まれない、誰からも…。


 スクリーンが平和の青に染まる。会場から拍手喝采が起こる。


 「ミスター・プレジデント、キャンウィードゥイッ?」ロバートは焦った。一体どれだけの人数にスマートフォンを配るのか、見当もつかない。

 だが、大統領は力強く、『出来る』と言った。

 そうだ、これは、命運が、命が、地球の未来がかかっているのだ。


 ロバートはスクリーンに映し出されたオール・リーダーズを見る。誰一人不安な顔などしていない。この地球規模のプロジェクトを成功させるために全世界が力を合わせるなら、不可能なことなど何もない、という表情だ。


 指導者たちの、このカリスマが行動となり、支流は大河となり、世界を変えていくのだ。


 2026年8月6日はまた広島にとって歴史的な日となった。来る秋の日の序章の様に。飛行機の中で会議を見守った美咲も、感極まって涙した。正平も、会場で被爆者団体の方々と熱い握手を交わした。



  『その日』は、もうすぐである。




 

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