完璧なオタクのつくりかた
十秒。いや、たぶんもっと短かった。彼が私の名前を呼んだ、その瞬間に私は全てを注ぐ。
──透さん、また来てる。
「透さん、いつもありがとう。また来てくれて嬉しい」
ひまわりのような笑顔。仕上げたばかりのアイラインと、自然な火照りを演出しているチーク。アイドルがたくさんいる中、彼は今日も確かに私だけを見ている。
あと、もう少し。
あと少しで、私の理想のオタクになる。
*
私は裏垢を駆使してオタクの裏垢とも繋がり、自己主張が強く、アイドル文化に精通し、金も持っている。そして、執着しやすい。
そんな彼「菅野 透」を──見つけた。
彼の裏垢の動線は簡単に追えた。毎日投稿をチェックし、どのタイミングで感情が動くのかを観察した。彼が好むファンサの仕方、言葉使い、歌い方、SNSの投稿。
その全てを、私は少しずつ彼好みに変えていった。
「最近のしずく、神がかってる」
そんなポストを見た夜、私は一人で笑った。
でも、まだ“完璧”ではなかった。私のアイドルとしての価値をもっと感じて欲しい。あの人はまだ本気じゃない。
──もっと完璧なオタクになってもらおう。
私は居酒屋の写真を撮った。あの男──理央に、手を握らせ、グラスの位置を調整し、しっかりとカメラに映り込むよう仕向けた。
そして、別の角度から顔がしっかりと写り込むように別のアカウントから位置情報を付けて投稿しておいた。
透のサブ垢の動きが一気に加速する。
「俺は見てる。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね」
「俺が守る」
意味深な投稿から彼が気がついたことを察知する。
──さすが。
彼なら応えてくれると信じていた。
彼は裏切りに耐えられない。彼の中の私は、“穢れてはならない存在”だから。
理央には“彼氏役”として指示を出した。
昔、私に対して猛アタックし、無理やり迫られたが、その場を写真に収め、今では脅しの材料として使っている。
SNSでは透の会社を希望していることを匂わせ、セミナーの終わりに話しかけ、あえて利用されるよう素直な就活生として動くように指示を出した。
すべての導線は、私が描いた設計図どおりだった。
透は思った以上に動いてくれる。
さすがエリートサラリーマンだ。
彼はTOの素質がある。もっと私に依存して。もっと私を崇めて。もっと私にお金を使って。
透は、自分が“彼女を守った”と思ってる。理央を“自分の手で壊した”と思ってる。でも違う。
それはすべて私の手の上。
そうして、透は私にのめり込んでいく。信仰に近い形で。
「透さんは、変わらないね。いつも応援してくれて……それが、すごく支えになる」
愛でもない。恋でもない。
私はあなたを離さない。あなたのお金が尽きるまでは。
色恋営業なんてものには頼らない。
これは、“推し”と“オタク”の、完璧な関係。
これが──完璧なオタクのつくりかた。