最終話【完璧な推しの完成】
しずくは、明らかに変わった。
生誕祭を境に、彼女のパフォーマンスは一段と研ぎ澄まされ、言葉も、表情も、立ち居振る舞いさえも、“アイドル”としての完成度を帯び始めていた。
SNSの更新頻度も増えた。ライブ告知、日々の報告、自撮り。ファンの反応は好意的で、フォロワー数も伸び続けている。
だが俺にはわかる。あれは、本当の意味で“アイドル”になった証だ。
誰かと恋に落ちることもなく、ステージの上で輝き続ける。
そこにあるのは、“透さん、いつもありがとう”と微笑んだ、あの夜からの続きだった。
*
マイに報酬を支払った。
「仕事はこれで終わり。ご苦労さま」
そう伝えたとき、マイはあっさりと笑った。
「もう少し時間かかると思ってたけど、案外チョロかったね。あの子」
「男なんて単純だからな」
「本当透さんの執念はもう病気のレベルだよね」
「で、別れ話は?」
「ちゃんとしたよ。LINEで一方的にね」
マイは平然としていた。金さえもらえれば、それでよかった。
「じゃあ、またなにかあったら声かけて。あと、うちの店にもまた来てよね」
そう言って、彼女はラウンジのバックヤードに消えていった。
*
理央には、最後の“処理”を済ませた。
OB訪問の担当者から人事で出す推薦状は破り捨てた。
人事には「人格にやや不安がある」とだけ伝えた。
提出済みの書類は破棄され、理央のエントリーは無効となった。
表向きの理由は「社内事情による選考終了」。誰にも怪しまれることはない。
その数日後、理央から「御社から連絡が来なくなった」と連絡が来た。
俺は丁寧に返した。
『申し訳ない。上層部での判断なので、僕からは何もできなくて……』
その文面を読み返しながら、俺は静かにスマホを伏せた。
*
しずくは白い照明の下、彼女は誰よりもまっすぐに前を見て歌っていた。
俺が作ったステージで。
俺が整えた環境で。
俺の知らない男の影も、過去も、未来も、そこにはもうない。
ただ、“アイドル 榊しずく”だけがいた。
それでいい。
それが、すべてだった。
「これからも応援してるよ」
しずくは満面の笑みを透へ送り、ステージ裏へスキップで帰っていった。
不敵な笑みを浮かべながら…