第5話【別れと決意の生誕祭】
生誕祭の会場は、都内の小さなライブハウスだった。
満員の観客、しずくのメンバーカラーである水色のペンライト一色、祝福のボード。榊しずくの誕生日を祝うため、ファンが集まっていた。
その観客の半分は俺が招待した客である。
ステージ裏、彼女は鏡の前でじっと自分を見つめていた。
アイラインを引き終えた手が、わずかに震えている。
舞台に立つ直前、スマホの通知を確認した。
──藤井理央:『今夜、会って話したい』
一瞬だけ目を伏せ、彼女はスマホを伏せた。
「本番、いきまーす!」
スタッフの掛け声がかかる。しずくは無言で立ち上がり、ステージへ向かった。
*
「ハッピーバースデー、しずくちゃーん!」
ファンの歓声に包まれて、彼女は笑った。
MCの時間。彼女は深呼吸し、一歩前に出た。
「今日、この場所に来てくれて、本当にありがとうございます」
「皆さんのおかげで、私はここに立てています。……本当は、ちょっと迷ってたんです。続けていいのか、って」
会場がざわつく。
「でも、今日こうして、皆さんの顔を見て、改めて思いました。私はここにいていいんだって」
「だから、これからも……よろしくお願いします」
割れるような拍手。涙を浮かべながら笑う彼女。その姿に、誰もが心を打たれた。
だが、俺は知っていた。
──あれは、ただの決意の言葉ではない。
“決別”の言葉だ。
*
その夜、裏垢に投稿された文章。
『これで、やっと本当にアイドルなれた気がする』
『今日はたくさん泣いちゃったな』
『でも、あのステージで、初めて“私”の声で歌えた気がした』
スマホの画面を見つめる俺の指が、わずかに震えた。
彼女は、これで純粋なアイドルとして昇華される。
俺は笑った。
静かに、心から。