第4話【崩壊のカウントダウン】
しずくがSNSに投稿しなくなって、1週間が経った。
日常の報告、レッスン風景、アイドル仲間との写真。かつてはほぼ毎日更新されていたアカウントは、沈黙を続けている。
ファンの間では、「体調不良か?」「燃え尽きた?」と憶測が飛び交っていたが、本人からの説明はない。
俺は何も知らないふりで、いつものように現場に足を運ぶ。物販に並び、チェキを撮り、変わらぬ笑顔で応援する。
けれど、彼女の目の奥には、はっきりとした違和感があった。
乾いている。光が差し込まない。
笑顔は貼りつけられた仮面のようで、言葉もどこか遠かった。
「しずくちゃん、最近痩せた?」
その日も、他のファンの声がそうかけたとき、彼女はぎこちなく笑って「夏バテかな」と答えていた。
だが、俺にはわかる。これは、空腹ではなく、喪失による変化だ。
*
一方、理央も徐々に変化していた。
「最近、就活に身が入らなくてさ……」
ある日、セミナー帰りに会ったとき、彼は疲れた声で言った。
「彼女となんか、話す気にもならないっていうか……向こうも、もう冷めてる感じするし」
「それって、ちゃんとお互い向き合えてない証拠じゃない?」
俺はさりげなくそう返す。
「うーん……マイちゃんとは、もっと自然に話せるんだよね。話題も合うし」
「そっか。だったら、君の答えはもう出てるんじゃない?」
理央はその言葉に、はっとした表情を見せた。
「……ですよね」
小さな罪悪感の影は、すぐに薄れていった。
*
夜。マイとのやり取りのスクリーンショットが、俺のスマホに届く。
理央が送ったメッセージ。
『俺、たぶんもう気持ちないんだと思う』 『もう別れようと思う』
それを見た瞬間、俺は確信した。
――崩壊のカウントダウンが、始まった。
*
しずくの裏垢が、久しぶりに動いた。
『皆に笑顔なってもらう私がこんなんじゃダメだね』
彼女にも決心のようなものを感じる。
俺はスマホを閉じ、微笑んだ。
もうすぐ、俺の完璧な推しが帰ってくる。