第3話【不協和音】
ライブ終わりの帰り道、しずくはスマホを手にしたまま、足を止めた。
渋谷の雑踏の中、ファンとの別れを惜しんだ笑顔の余韻が、まだ頬に残っている。
でも、画面に映る通知は、その笑顔を一瞬で曇らせた。
――新着メッセージ:@clear_dance
「ごめんなさい。あなたにこんなこと言うつもりはなかったけど、どうしても伝えたくて」
「理央くんとは、何度も会っています。最初は相談だけだったけど、もうそれだけじゃない。キスも、抱きしめられたこともあります」
「彼の気持ちは、もうあなたに向いていません」
「私は、彼を本気で好きになってしまいました。彼も、私といると落ち着くって言ってくれます」
「どうか、身を引いてください。あなたのためにも、彼のためにも」
「私はあなたがアイドルをやっていることも知っています。ただ、これを公開しようとは思っていません。」
最後には、添付された写真。
理央が舞に寄りかかっている。店の帰りに撮られたものだろうか。街灯の下、静かに肩を預けるふたり。距離が近い。表情がやわらかい。
しずくは一度スマホの画面を閉じた。
目をつむって深呼吸するが、胸の奥に沈んだものは簡単には浮かび上がらない。
誰にも相談できない。
ファンにも、同期にも。
このメッセージを見せた瞬間、自分がどれだけ嘘を抱えていたのかを突きつけられる。
*
マイからの報告によれば、理央も連絡の返信が遅れ始めているらしい。
「ちょっと最近、もう彼女に興味が無くなってきてるってさ」
マイは、そう言って肩をすくめていた。
*
週末。
俺はしずくの物販に再び並んでいた。
「最近、元気ないように見えるよ」
俺がそう言うと、彼女は少しだけ笑って、首を横に振った。
「ううん。大丈夫。ちょっと疲れてるだけ。でも、気を使ってくれてありがとう。」
でもその目は、確実に揺れていた。
俺は軽くうなずいて、チェキを受け取る。
「透さんいつも応援してくれてありがとう……すごく支えになる。透さんは私の味方でいてね。」
その言葉が、胸の奥に静かに沈む。
しずくは、今まさに、孤独になろうとしている。
——もう少しだ。