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声のレッスン

 あれからどれだけの時が流れただろう。

 悠久の時が流れ、万物は流転する。

 俺の中のヘラクレイトスおじさんが哲学語っちゃうくらいに、沈黙が流れた。ところで、俺の中のヘラクレイトスって何ぞや? 俺のルーツはギリシャだった?


「……」


 杜若さんの様子を窺うと、顔を真っ赤に例の本を読んでいた。時々顔を上げ、セリフを読むかと思えば、


「お、おおお、大きく、て! すすすごく硬い、ものがっ! ななななな中に――っ!」


 プシューッと脳内処理が追い付かず、杜若さんはオーバーヒートした。


「頑張れ! もっと大きな声でハッキリと!」


 俺がげきを飛ばすと、訓練生は目を回しながら。


「あぁ……あん……んふっ……んぐ……くふぅっ!」


 喘ぎ声のセリフは、杜若さんのたどたどしい読み方と相まって生々しさを感じた。

 お姉ちゃんが弟の履歴書をアイドル事務所に送る感覚で、音声をエロゲ会社に送った方がいいかしら?


「気持ちいいとこ、当たって……ダメ……あん……あんっ……来ちゃうぅぅ……来ちゃうぅぅうう……っ!」

「何が来ちゃうんだ? ちゃんと口で言ってくれないと分からないよ」


 確か、主人公はそんな攻めプレイをしていた。


「い、いいい、いっぱい入って……きてっ……くちゅくちゅって……かき混ぜちゃ……もう限界、だから……っ!」

「何が欲しいか言ってごらん。ちゃんとおねだりできないと、お預けだよ」


 ぼくもおねだりしてもらいたいと思いました。将来の夢は、エロゲ主人公。


「……っ!? あ、あああ、あなたのっ! お、おおおおおちん――」


 そして、杜若さんは思考停止した。

 おでこを机に思いきりぶつけ、動かなくなる。

 ビクンッと痙攣するや、ある意味事後であった。


「ふぅ。お疲れ。だいぶセリフが繋がるようになった。こんだけ恥ずかしい思いをしたんだから、友達になってくださいはもう言えるんじゃない?」


 パチパチと拍手した。

 杜若さんがむくりと起き上がった。獲物を狙う猟師のごとき眼光を添えて。


「と、ととと、ととととと、ととととととと、もっっ」


 猫に追い詰められた窮鼠のように、俺がつい怯んだところ。

 ――こちらの方が緊張して、言葉が出てきません。


「マジ?」


 ――マジ、です。


「そっかー。そうそう上手くいかないか」


 ――すいません。


「いや、大丈夫。想定内さ」


 俺は、うーんと唸った。


「まだこの練習に使い道はある。ラブコメ展開を利用すれば、多分オチが付く」


 ――どういうことですか? やっぱり、エッチなセリフをスラスラ言えるくらいにならないと、友達のお誘いは難しいです……

 普通は逆だろとツッコミを入れつつ、俺はハプニングの算段をしていた。


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