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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第十話 星の鼓動
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解放の時を待つ

 リアリとカイザとエルジュです。

 かつてロスカンダルの研究施設のひとつであったに違いない場所に、それはあった。

 

 空調と気圧の調整が利いた白く開けた空間に、いまだ機能が停止していない機器類。

 移動操縦機、モニターパネル、映写スクリーン、接続されたままの外部記憶形状装置、そして、宙にぷかりと浮いたまま、解放の時を数える青い球体。


 通称、“盾”。

 

 “方舟”の外殻装置として開発され、エネルギー充填を終えて、あとは始動を待つばかりである。

 この“盾”を見上げるように五人の男たちが額を集めていた。

 カイザとエルジュとジリエスター博士、ジルフェイとゼレバーニスである。


「全十二翼部作動不良なし。点検終了、っと。やれやれだな」

「どうにか間にあってよかったぜ。な、博士、この“盾”のメイン・コントロール・システムはどこにあるんだ?」

「コントロール・ルームは別にあるのだよ。キー・プレートの所持者だけが場所を知っておる」

「発射装置が見当たらないが」

「底辺に内蔵されているがね、中枢回路が作動しないと機能しない仕組みになっているよ」

「わからねぇなあ。こうやって外部調整ができるくらいなら、メイン・コントロールだけなぜ別にする必要があるんだ。手間だろう」

「悪用や盗難を避ける措置だろう。なにせ、軍用武器としても十分な力を持っている」

「なるほどな。そういや、そうか。まあ遠隔操作はともかくとして、だれがそのキー・プレートを所持しているんだ。おまえか? リュカオーンか? オルディハか?」


 全員がジリエスター博士を見た。

 だが博士は首を竦めてかぶりを振った。


「おいおい、頼むぜ。いざというとき肝心のコイツが飛ばなかったらどーすんの」

「私が所持者を知らないのは予防のためだよ。口を割らされる恐れがあるからね。だけど、心配しなくていい。そろそろ、指名されているはずだ」

「一度“方舟”と結合させてみなくていいのか?」

「それはできないのだ。“盾”は一度発射されたら戻れないように設定しておる。“方舟”に装着が完了するまで、完全な自衛システムが働く。近づくものは防御壁に阻まれるか、高出力ビームで灼き尽くされる。コントロール・ルームも同じだよ。中に入ったが最後、オール・クリアまで――いや、これは君たちには関係のない話だな」

 

 ジリエスター博士は口が滑ったというように不意に話を打ち切った。


「“盾”の準備は整った。私はこれから研究所の核施設へ行かねばならん。ここで失礼するよ。君たちは円船の振り分けもあるし、荷物の積み込みや出立の用意もあるだろう。“方舟”に戻りたまえ。それから、できるだけ早いうちに家族や友人を説得して乗船させなさい。もう本当に時間がないのだ」

「お供します」

「気持ちはありがたいが、能力者の君たちはあそこへ近づけない。すまないね」


 悲痛な眼で詫びながら、博士はよたよたと数歩離れた。

 薄い金色のキー・プレートを翳して瞬間移動装置を出現させ、軽く触れると同時にふっと消失する。

 入れ替わるように、リアリが現れた。

 ジルフェイとゼレバーニスはものも言わず退場し、あとにはカイザとエルジュが拮抗するように残った。


「なんだその顔。唇、あちこち切れてるじゃねぇか」

「あんたこそ、ひどい顔色。食事は? 睡眠は? まさか不眠不休でやっているんじゃないでしょうね。鎮魂祭は? もしかして、ずっとここにいたの?」

「いいんだよ。第一、俺たちもう甦っているだろ。祈りなんて必要ねぇ。それより、どうした? 兄貴と……会えた?」

 

 リアリはエルジュの存在を素通りして、カイザの胸に抱きついた。

 カイザは少し様子のおかしいリアリの頭をそっと撫でる。


「ここでなにしていたの? 盾はどう? 問題ない?」

「ない。いまは星図と陸海の地形、潮流、気候の変化を情報入力して、本体に作動不良がないかどうか最終調整をかけた。さっきまで博士もいたんだぜ」

「お疲れさま」

「兄貴と、なんかあったのか」

「ラザに振られたわ」

「……は? なんだって。ふ、振られた?」

「なにかやらなければいけないことがあるみたい」

 

 カイザは険しい形相でリアリを引き離す。


「どういうことか、俺が兄貴をとっ捕まえて訊いてやる」

「私、ラザを選べなかった。ラザと一緒に死ぬかどうか訊かれて、答えられなかったの。だって私、いま死ぬわけにはいかないわ。皆――残したままで、おいてなんていけない」

 

 リアリの眼から涙がぽたぽたと白い床に滴った。


「だからラザはいってしまった。追いかけたいけど、追いかけられないの」

「泣くな」

 

 カイザはぎゅっとリアリを抱きしめた。


「ラザになにかあったらどうしよう」

「なにもねぇ。兄貴を誰だと思ってんだよ。簡単にくたばるかっての」

「わかってる。わかってるけど、ラザはひとだわ」

「……ひとだから、兄貴を愛したのか?」

 

 ぽつりと、カイザが問う。


「俺がひとじゃねぇから、俺じゃだめなのか? いや、違うな。お嬢は昔から兄貴にべったりだったし……憶えてるか? 昔、お嬢が拉致られたとき、俺たちが助けに行って、真っ先にラザの名前を呼んで手を伸ばした……すげぇ、泣きじゃくっててさ。あのときからもう、お嬢は兄貴のものだった」

「……カイザのことも好きよ」

「知ってる」

 

 カイザはリアリを憂いのこもった眼でみつめたあと、ちょっと笑った。


「兄貴のことは任せろ。絶対、むざむざ死なせたりしねぇから」

 

 そしてリアリが二の句を告げる前に転移した。

 あとにはエルジュと二人だけ。


「……私は?」

「なにが」

「私のことは、どう思っている」

 

 思い詰めたまなざしに動悸が高まる。


 愛している――。

 

 揺るがない強い瞳が、言葉よりも切実に訴えかけている。

 リアリは無理矢理瞼を閉じた。

 それでもまだ、視線が絡みついている。


「わからない。私にはわからない。どうしてリュカオーンはエンデュミニオンとオランジェの両方を愛することができたの。なぜ私は同じエンデュミニオンなのに、ラザひとりを選んだの。あんたを――あんたの気持ちを無碍にできないのはなぜよ。どうして。なんでなの」

「……リュカオーンの心が、残っているのやもしれんな。魂魄は浄化され、新しく生まれ変わっても、前世の記憶があるように、ひとの思いもまた継がれゆくものなのかも知れん。私がどうしようもなくおまえに惹かれるように……許せ」

 

 エルジュはリアリの細い首を掻き抱くように引き寄せて、唇に覆いかぶさった。

 抗う間もなく、一瞬で離れる。だが温かなキスだった。


「私も同じだ」

 

 エルジュは黒のミシュラハを揺らし、背を向けて呟いた。


「私も、おまえの涙は見たくない」


 盾の整備がいよいよ完了しました。

 あとは発射を待つのみ。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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