鎮魂祭・ニ
オルディハとエルジュ=オランジェです。
オルディハは交替で休息を取るよう、皆に促した。
機関動力部の試運転がうまくいき、先の見通しが立ったことで、“方舟”の準備はほぼ完了した。
連日、昼夜問わずの作業が続いたが、その甲斐あって、なんとかなりそうだった。
「おまえも少し休め」
「あら、オランジェ。来ていたの? 今日は鎮魂祭――だったかしら。来賓として出席するからここには来ないとか、言ってなかった?」
「あまりに退屈だから、抜けてきた」
「悪いひと」
オルディハは燃料タンクのゲージ・チェックをしている最中だった。
星力は充填。
これでいつでも発進できる。
「やつれているな」
「やだ、見ないでよ。ひどい顔しているんだから」
「食事くらい、まともにとれ」
「そうは思っているんだけど――え、なあに、これ」
エルジュがオルディハに紙包みを押しつける。
中身はパイだった。
「リンゴのパイね。おいしそう。いただくわ、ありがとう。ちょうど午後の休憩の時間ね。お茶を淹れるから、食堂行かない?」
オルディハはハルモニア特産の茶葉をこして、茶器に湯を注ぎ、砂糖をたっぷり入れた。
舌が痺れるくらい甘いお茶にエルジュは噎せ、オルディハはくすくす笑う。
「エンデュミニオンのことだけど」
「奴がどうした」
「……二人いるのね。はじめ、“盾”の整備中に会ったときは覚醒前だと思っていたから、“力”を感じないのも納得だったの。でもそのあと、宴席で会ったときは“力”を感じたし、機関動力部の設定も滞りなく済んだから、すぐに気がつかなかったのよね。数日前、買い出しで町へいったら、白い服装の彼をみつけたの。声をかけようと思ったんだけど、なんだか様子が違って……」
「奴は双子だ」
「やっぱり」
「“力”と“記憶”は弟のカイザ、“心”は兄のラザ、魂は半分ずつ――どちらもエンデュミニオンで、どちらかというわけじゃない。リアリはそう言っていた」
「それで、リュカオーンの恋人はどっちなの? それとも、二人とも?」
「本人に訊け」
「怒らないでよ。そう、それで……道理でエンデュミニオン相手にしては、リュカオーンがどことなくつれないと思った。きっと、彼女が好きなのはもうひとりのほうなのね。納得。ああでも、それは辛いでしょうね」
「おとなしく、私を愛せばいいものを」
「ふふ。残念ね。でも私は、あなたが片思いのようで嬉しいわ。私にもちょっとはあなたに近づく隙があるかもと思えるじゃない?」
「性格のいい女だな」
「こんな女は、嫌い?」
オルディハの眼が不安そうに曇る。
エルジュは唇を横に伸ばして無言を押し通したまま、すっかり冷めた茶を飲み干した。
「……この茶は甘すぎる。次は、甘味をいれるな」
「はいはい」
オルディハは笑いながら、パイを味わった。皮がパリパリ香ばしくて、おいしい。
なによりオランジェの心づかいが嬉しかった。
ゆったりとした、ひととき。
まもなく失われるだろう、平穏。
この束の間の安息を、少しでも長く、とオルディハは願わずにいられなかった。
次、久しぶりに甘いです。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




