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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第十話 星の鼓動
95/130

鎮魂祭・ニ

 オルディハとエルジュ=オランジェです。

 

 オルディハは交替で休息を取るよう、皆に促した。

 機関動力部の試運転がうまくいき、先の見通しが立ったことで、“方舟”の準備はほぼ完了した。

 連日、昼夜問わずの作業が続いたが、その甲斐あって、なんとかなりそうだった。


「おまえも少し休め」

「あら、オランジェ。来ていたの? 今日は鎮魂祭――だったかしら。来賓として出席するからここには来ないとか、言ってなかった?」

「あまりに退屈だから、抜けてきた」

「悪いひと」

 

 オルディハは燃料タンクのゲージ・チェックをしている最中だった。

 星力は充填。

 これでいつでも発進できる。

 

「やつれているな」

「やだ、見ないでよ。ひどい顔しているんだから」

「食事くらい、まともにとれ」

「そうは思っているんだけど――え、なあに、これ」

 

 エルジュがオルディハに紙包みを押しつける。

 中身はパイだった。


「リンゴのパイね。おいしそう。いただくわ、ありがとう。ちょうど午後の休憩の時間ね。お茶を淹れるから、食堂行かない?」

 

 オルディハはハルモニア特産の茶葉をこして、茶器に湯を注ぎ、砂糖をたっぷり入れた。

 舌が痺れるくらい甘いお茶にエルジュは噎せ、オルディハはくすくす笑う。


「エンデュミニオンのことだけど」

「奴がどうした」

「……二人いるのね。はじめ、“盾”の整備中に会ったときは覚醒前だと思っていたから、“力”を感じないのも納得だったの。でもそのあと、宴席で会ったときは“力”を感じたし、機関動力部の設定も滞りなく済んだから、すぐに気がつかなかったのよね。数日前、買い出しで町へいったら、白い服装の彼をみつけたの。声をかけようと思ったんだけど、なんだか様子が違って……」

「奴は双子だ」

「やっぱり」

「“力”と“記憶”は弟のカイザ、“心”は兄のラザ、魂は半分ずつ――どちらもエンデュミニオンで、どちらかというわけじゃない。リアリはそう言っていた」

「それで、リュカオーンの恋人はどっちなの? それとも、二人とも?」

「本人に訊け」

「怒らないでよ。そう、それで……道理でエンデュミニオン相手にしては、リュカオーンがどことなくつれないと思った。きっと、彼女が好きなのはもうひとりのほうなのね。納得。ああでも、それは辛いでしょうね」

「おとなしく、私を愛せばいいものを」

「ふふ。残念ね。でも私は、あなたが片思いのようで嬉しいわ。私にもちょっとはあなたに近づく隙があるかもと思えるじゃない?」

「性格のいい女だな」

「こんな女は、嫌い?」

 

 オルディハの眼が不安そうに曇る。

 エルジュは唇を横に伸ばして無言を押し通したまま、すっかり冷めた茶を飲み干した。


「……この茶は甘すぎる。次は、甘味をいれるな」

「はいはい」


 オルディハは笑いながら、パイを味わった。皮がパリパリ香ばしくて、おいしい。

 なによりオランジェの心づかいが嬉しかった。

 ゆったりとした、ひととき。

 まもなく失われるだろう、平穏。

 この束の間の安息を、少しでも長く、とオルディハは願わずにいられなかった。


 次、久しぶりに甘いです。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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