全聖徒召集令
ラザとレニアス。なんだかシリアス続きです。
翌朝、ローテ・ゲーテ全土に蒼旗が掲揚された。
「全聖徒へ告げます。ただちに聖徒殿へ帰還しなさい。繰り返します。即時帰還を命じます。例外はありません。六日後に、鎮魂祭です」
前代未聞の全聖徒召集令が下された。
各地に伝道や仕事で散っていた聖徒たちは、なにを差し置いても一斉に帰途へ着いた。
更に、真夜中には黒旗も翻り、聖徒殿卒殿者並びに全陽炎が集められた。
時を同じくして、王城。
緊急議会が開かれ、王の名の下に、リ・アリゼーチェ・ギルス・ディル・ラールシュティルダーが新二十一公主として公認された。
そして、開口一番、言った。
「世界会議の開催を早めてください。事態は急を要します。何ヶ月も先なんて、そんな猶予はありません。いますぐにでも、お話したいことがあるのです」
時を同じくして、方舟。
ジリエスター博士が陣頭指揮に立ち、急ピッチで方舟の発進準備が進められた。
技術・能力別に作業分担し、手の空いた者は生国を行き帰して、“滅びの竜”――即ち大いなる天災――が近々起こることをふれてまわった。
ひとびとの反応はおもわしくなかった。
平安に慣れすぎて、国家同士の戦いならばいざしらず、大規模な災害など想像の範疇外らしく、一部を除いて、聞かぬふりをしていた。
日々は慌ただしく過ぎた。
聖徒殿には世界各地から続々と聖徒が帰還し、異様な雰囲気に包まれていた。
歴代の主長の中でも、容姿・能力・胆力・資質・気性において抜群に優れていると、誰もが認めるところのラザ・ダーチェスターは、六日の間、人前に姿を見せなかった。
だが十五名の副主長により、粛々と鎮魂祭の準備は整えられ、ついに、その日を迎えた。
夜明け前――
長き歳月、開かずの間となっている聖徒殿主長の間。
閉ざされた扉を開けようと、レニアスが悪戦苦闘している。
少し離れて、ラザはその様子をじっと見ている。
「やっぱり、だめだ。解除のキー・プレートがねぇと、開かねぇ」
「仕方ないですね。おとなしく王弟を待ちましょう」
「ごめんな、役立たずで」
「肝心なときに君が役立たずなのは、いつものことです。別にいいです。それより、祭りの準備は?」
「完了」
「短い期間で上出来です」
珍しく、ラザが直接的に褒める。
レニアスは微妙な面持ちで肩を竦めた。
「聖徒の頭数があったから、なんとかなった。あ、あのさ」
口ごもる。
伏した眼を主長の間の扉へと泳がせる。
だが、黙ったままだ。
「そろそろ時間ですね」
「待てよ。お嬢に――なんにも言わずに、勝手に決めていいのかよ。お嬢、怒り狂うぞ。いや、泣くかも。ただでさえ最近ちっとも顔見てねぇのに」
肩にかかるレニアスの手を、ラザは退けた。
「――言ったでしょう。僕が近づくと、リアリの首が危ないんです」
「わかってる。わかってるよ。だけど“盾”に関わる以上、カイザだって黙っちゃいねぇだろうし、この扉、開けたら、もう……後には引けねぇぞ」
「君は、この扉の奥になにがあるか、知っているんですか」
「予想は、ついてる。俺が代わってやれたらいいんだけど、たぶん、ラザが主長の座についた時点で手遅れだと思う……くそっ」
ラザは踵を返した。
すたすたとその場を去る。
レニアスが悄然と後を追う。
「リアリとは、もう一度だけ会えます」
「……どうすんの?」
「さあ? 決めるのはリアリです。僕の心は決まっています。もうとうの昔に、決めているんです」
一条の金色の曙光が射すと同時に、聖徒殿は七日ぶりに全門を開放した。
王城の主宮へと続く専用舗装道路を、左右二手に分かれ整列した聖徒が、沈黙の行進をしてゆく。
また、信徒用の門からもおなじく長い行列がつくられ、それはぐるりと聖徒殿を包囲し、更に、首都全域に散った。
聖徒のすべてが、真っ白の聖服聖帽、丈の長いサーキュラー・コートにウィンド・カフス、高い襟、左胸と帽子の鍔に青い巨人の眼の紋章。
眼帯は、白も黒も、無着用で、全員が素顔をさらしていた。
その中に陽炎と卒殿者も混じっていたが、見た目にはわからない仕様に身をやつしている。
首都スライセンの民、及び、祭りのために集まった群衆は、戸惑いした。
この数日に起こったこと。
新聖徒殿主長の就任、全聖徒帰還命令、鎮魂祭の繰り上げ開催、本来二十一日間あるはずの日程を僅か一日に短縮、加えて、かつて前例がない全聖徒の隠れもなき眼帯なしの登場。
誰もが、異変を感じ取っていた。
眼には見えないなにかに、恐れを覚えた。
一日限りの鎮魂祭がはじまった。
次話、鎮魂祭です。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。