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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第十話 星の鼓動
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面談

 ラザと最長老マルスです。

 

 クナウド、ハートレー、ミザイアを引き連れ、レニアスを背後に、厳戒態勢を敷く聖徒殿を出て向かった先は、城下町(カスバ)でももっともひとの出入りが厳しく制限される地域だった。


「最長老マルス・フォーオーンにお目通り願います。聖徒殿主長ラザ・ダーチェスターが参ったと伝えてください」

 

 ラザは手袋を脱ぎ、単身、礼節正しく待機した。

 長くは待たなかった。

 ゆっくりとした動作で現れた最長老マルスは、穏やかな笑みを浮かべてラザを迎えた。


「とうとう主長の座に就いたかね。祝福するべきかな」

「いりません、そんなもの」

「そうじゃろうなあ。マリメダも同じことを言ったものだ。あれからもう何十年経ったか。マリメダとは、会ったのかね」

「ええ」

「……どんな様子か、教えてはもらえまいか」

「ローテ・ゲーテの民は年長者を敬うものですからね。僕も、お年寄りには弱いんです。いいですよ、お答えします。前主長は、健在です。とはいえ、脳幹だけになられていましたけど」


 マルスは息をのみ、次第に眼を伏せた。

 しばらくじっと蹲るように肩をすぼめていたが、ややあって顎を持ち上げた。

 ほんの束の間で、十も老けたような眼をしていた。


「そうか。マリメダは……そうか。そうだな、あの別れは、もうだいぶ遠きことだな」

「忙しいので、僕の用件を済ませたいんです」

「ああ、うん。そうだ、いったいなんの用だね」

「二つあります。ひとつには、ハイド・レイドの僕の警護を解いてください」

 

 マルスより、レニアスの方がびっくりした顔をする。


「えええ。あいつ、ラザの命を狙っていたんだろ。警護って、なにかの間違いじゃねぇの」

「僕もそう思っていましたが、あらためて調べさせたら、どうも違うらしいんですよね。考えてみたら、ハイドに襲撃されたことは一度もない。ずっとつきまとわれて、迷惑は迷惑なんですけど」

「なぜわしが関係していると?」

「僕を守ろうなんて酔狂な輩、身内の他にはそうそういやしません。まあ正しくは、僕というより、聖徒殿主長の座に就く者、その役目を担うだろう者、その責務のため、と言ったところでしょうけど。そうでしょう? カスバの最長老――王家の膝下にあるこの地で、陰より王家を支える組織の柱のひとつ。その頭領、マルス・フォーオーン殿」

「……ハイドを引き揚げさせるのはいいが、そなたの身辺は危うくないかね。わしはそなたが心配なのじゃ。そなたは、知っておろうが、敵が多すぎる」

「僕はいいんです。雑魚にやられるヘマなどしません。それより、リアリを頼みます」

「どういうことだね」

「なにか、イヤな予感がするんです。無茶をしないよう、強力な歯止め役が必要です。本当は僕がついていたいんですけど、できないので」

 

 マルスは頷いた。


「わかった。ハイド、いるかね。聞いての通りだ、今後はリ・アリゼーチェ姫の警護を頼む」

「はいはーい。わかったよー。君の大切な姫君ねー。まっかせたまえー。じゃーねー」


 姿は見えねど、声だけが響く。

 ラザはマルスに冷たく訊ねた。


「あの男、いったいいくつなんです」

「さあて? わしより相当年がいっていることは確かだがな」

「……なんですって?」

「あれは不思議な男だ。何十年経とうと一向に歳をとる様子もない。殺しても殺しても、飽き足らないと言いながら、実に嬉しそうにそなたの警護を買って出た」

「なぜです」

「はて? わしにはわからんよ。ただ、こんなことを言っておったな。遥か昔、そなたに憧れていたと。いつかそなたの役に立ちたいと――ずっと思っていたのだと、な」

 

 ラザは不可解な面持ちでマルスを眺めた。

 マルスは達観した口調で、あっさりとこう言ってのけた。


「世の中には、知らなくてもいいことがある。眼を瞑っておくのも、大切な処世術じゃよ。それよりも、いまは他にやらなければならないことがあるはず。もうひとつは、なんだね」

「聖徒殿主長の間の鍵を、受け取りに来ました」

 

 マルスは予期していた、という顔で重々しく、だが幾分ためらいがちに頷いた。


「いよいよ、開けるのかね」

「はい」

「マリメダは、なんと言っていたのだ」

「僕が、最後の長を務める実行者だと、そう言いました」

「ついに」

 

 ああ、とマルスは嗚咽を漏らし、老いた手で顔を覆った。


「ついに、時が来たか」

「……あなたも、これからなにが起こるのか、ご存知なのですか」

「もはや時間はない」

 

 マルスはがつ、とラザの腕を掴んだ。

 血走った眼が、爛々と光る。


「渡すべきものを、渡そう。それから、そなたは王弟に会いに行かねばならない。歴代のローテ・ゲーテ第二王位継承者が司る、使命。それゆえに、聖徒殿陽炎が長たる者が守護する。そなたの父キースルイの絶対の庇護下にある王弟の手元に、それはある。そなたでなければ、受け取れないのだ」

「僕は務めを果たします」

 

 ラザはなだめるようにマルスの手を押しやった。

 主長の証たる黒指輪が角灯の鈍い光に反射する。

 そのきらめきに呼応するように、ラザは告げた。


「そのはじまりは、明日」





 連続投稿いきます。お暇な方はお付き合いください。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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