面談
ラザと最長老マルスです。
クナウド、ハートレー、ミザイアを引き連れ、レニアスを背後に、厳戒態勢を敷く聖徒殿を出て向かった先は、城下町でももっともひとの出入りが厳しく制限される地域だった。
「最長老マルス・フォーオーンにお目通り願います。聖徒殿主長ラザ・ダーチェスターが参ったと伝えてください」
ラザは手袋を脱ぎ、単身、礼節正しく待機した。
長くは待たなかった。
ゆっくりとした動作で現れた最長老マルスは、穏やかな笑みを浮かべてラザを迎えた。
「とうとう主長の座に就いたかね。祝福するべきかな」
「いりません、そんなもの」
「そうじゃろうなあ。マリメダも同じことを言ったものだ。あれからもう何十年経ったか。マリメダとは、会ったのかね」
「ええ」
「……どんな様子か、教えてはもらえまいか」
「ローテ・ゲーテの民は年長者を敬うものですからね。僕も、お年寄りには弱いんです。いいですよ、お答えします。前主長は、健在です。とはいえ、脳幹だけになられていましたけど」
マルスは息をのみ、次第に眼を伏せた。
しばらくじっと蹲るように肩をすぼめていたが、ややあって顎を持ち上げた。
ほんの束の間で、十も老けたような眼をしていた。
「そうか。マリメダは……そうか。そうだな、あの別れは、もうだいぶ遠きことだな」
「忙しいので、僕の用件を済ませたいんです」
「ああ、うん。そうだ、いったいなんの用だね」
「二つあります。ひとつには、ハイド・レイドの僕の警護を解いてください」
マルスより、レニアスの方がびっくりした顔をする。
「えええ。あいつ、ラザの命を狙っていたんだろ。警護って、なにかの間違いじゃねぇの」
「僕もそう思っていましたが、あらためて調べさせたら、どうも違うらしいんですよね。考えてみたら、ハイドに襲撃されたことは一度もない。ずっとつきまとわれて、迷惑は迷惑なんですけど」
「なぜわしが関係していると?」
「僕を守ろうなんて酔狂な輩、身内の他にはそうそういやしません。まあ正しくは、僕というより、聖徒殿主長の座に就く者、その役目を担うだろう者、その責務のため、と言ったところでしょうけど。そうでしょう? カスバの最長老――王家の膝下にあるこの地で、陰より王家を支える組織の柱のひとつ。その頭領、マルス・フォーオーン殿」
「……ハイドを引き揚げさせるのはいいが、そなたの身辺は危うくないかね。わしはそなたが心配なのじゃ。そなたは、知っておろうが、敵が多すぎる」
「僕はいいんです。雑魚にやられるヘマなどしません。それより、リアリを頼みます」
「どういうことだね」
「なにか、イヤな予感がするんです。無茶をしないよう、強力な歯止め役が必要です。本当は僕がついていたいんですけど、できないので」
マルスは頷いた。
「わかった。ハイド、いるかね。聞いての通りだ、今後はリ・アリゼーチェ姫の警護を頼む」
「はいはーい。わかったよー。君の大切な姫君ねー。まっかせたまえー。じゃーねー」
姿は見えねど、声だけが響く。
ラザはマルスに冷たく訊ねた。
「あの男、いったいいくつなんです」
「さあて? わしより相当年がいっていることは確かだがな」
「……なんですって?」
「あれは不思議な男だ。何十年経とうと一向に歳をとる様子もない。殺しても殺しても、飽き足らないと言いながら、実に嬉しそうにそなたの警護を買って出た」
「なぜです」
「はて? わしにはわからんよ。ただ、こんなことを言っておったな。遥か昔、そなたに憧れていたと。いつかそなたの役に立ちたいと――ずっと思っていたのだと、な」
ラザは不可解な面持ちでマルスを眺めた。
マルスは達観した口調で、あっさりとこう言ってのけた。
「世の中には、知らなくてもいいことがある。眼を瞑っておくのも、大切な処世術じゃよ。それよりも、いまは他にやらなければならないことがあるはず。もうひとつは、なんだね」
「聖徒殿主長の間の鍵を、受け取りに来ました」
マルスは予期していた、という顔で重々しく、だが幾分ためらいがちに頷いた。
「いよいよ、開けるのかね」
「はい」
「マリメダは、なんと言っていたのだ」
「僕が、最後の長を務める実行者だと、そう言いました」
「ついに」
ああ、とマルスは嗚咽を漏らし、老いた手で顔を覆った。
「ついに、時が来たか」
「……あなたも、これからなにが起こるのか、ご存知なのですか」
「もはや時間はない」
マルスはがつ、とラザの腕を掴んだ。
血走った眼が、爛々と光る。
「渡すべきものを、渡そう。それから、そなたは王弟に会いに行かねばならない。歴代のローテ・ゲーテ第二王位継承者が司る、使命。それゆえに、聖徒殿陽炎が長たる者が守護する。そなたの父キースルイの絶対の庇護下にある王弟の手元に、それはある。そなたでなければ、受け取れないのだ」
「僕は務めを果たします」
ラザはなだめるようにマルスの手を押しやった。
主長の証たる黒指輪が角灯の鈍い光に反射する。
そのきらめきに呼応するように、ラザは告げた。
「そのはじまりは、明日」
連続投稿いきます。お暇な方はお付き合いください。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。