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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第十話 星の鼓動
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新聖徒殿主長就任

 ラザとレニアスです。

 ラザが聖徒殿の中央門を潜る場面が格好よく描けていればいいのですが。

      


 リアリが“秘密の間”の封印を解き、ジリエスター・ローヴェル博士と再会を果たしたその日――ラザは。


 空は一点の曇りもなく快晴、かっと強く照りつける太陽、気温も湿度も最高潮に達した白昼の聖徒殿(ビリー・ヴァ・ザ・リア)中央門前。

 すぐ隣の通用門は、日に二度ある礼拝時以外も信徒のため開放され、往来は絶えず、屋外広場には主神ナーランダーを崇めるものが大勢集っていた。

 ラザは雑踏を掃うように忽然と現れ、中央門前で足を止めた。


「開けなさい」

 

 門番を務める二人の聖徒は戸惑いし、顔を見合わせ、なにかを言いかけて、口を噤んだ。

 視線がラザの胸元に留まり、次いですごい勢いで手元へ振られる。

 ラザは白手袋を装着してはいなかった。

 黒指輪。

 これを眼にした途端、二人の顔色が変わった。

 踵を鳴らして姿勢を整える。


「ただちに開門します」

 

 門扉は丈夫な木製で、門番の合図によって開閉係六人が走ってきた。

 驚愕と動揺と高揚感をありありと見せながら、閂を外し、左右に別れて押しひろげる。

 徐々に、ゆっくりと、開かれた。

 光が射す。

 眩い光の帯が解き放たれる。

 門番二人は無我夢中で角笛を吹き鳴らした。

 朗々たる音が青空に吸い込まれてゆく。

 その音色を踏みしだいて、ラザは無造作に中央門を潜り、本神殿へと続く中央道をなぞっていった。

 主長(ギャス・レイ)のみが許される門を通り抜け、主長(ギャス・レイ)のみが許される道を歩んでいく。

 まっすぐに正面を見据えた姿勢で、風を斬る如く、油断のない足運び。翻る裾。靡く明灰色の髪。黒の眼帯。胸に輝く四つの金証。指にきらめく黒指輪。


「ラザ様」

「ラザ様だ」


 伝道や信徒の案内、清掃や業務途中のため広場にいた聖徒は、一様に振り返った。

 信じられないといった面持ちをして、一瞬後、跪く。


「ラザ様が――とうとう」

「ラザ様」

「まさか」

「見ろ、あの指輪は――」

 

 角笛を聞きつけて、神殿や宿舎から続々と聖徒が飛び出して来ては、次々に膝を折る。

 その光景は圧巻の一語に尽きた。

 おびただしい数の聖徒が一斉に平伏する前を過ぎて、ラザは本神殿に入っていった。

 すべての聖徒が後に従う。

 礼拝堂にて緊張感にみちた静寂の中、ラザは聖壇に立った。

 整然と居並ぶ同士を見回し、口を開く。


「僕が第九十六代聖徒殿主長(ビリーヴァ・ザ・リア・ギャス・レイ)を拝命しました。いまこのときをもって、第九十五代聖徒殿主長(ビリーヴァ・ザ・リア・ギャス・レイ)マリメダ・ドルーシラの名の下におけるすべての任務を終了とします」

「はっ」

「各自速やかに僕に従いなさい。僕に服従が誓えない者は出ていってください。いまならば見逃します。後からは殺します」

 

 動くものはいない。

 ラザは眉一筋動かさず、続きを喋った。


「明日の日の出と共に、我々は聖徒殿(ビリー・ヴァ・ザ・リア)原初の大義に返ります。他一切の任務はないものとします」

「はっ」

「覚悟を決め、準備にかかりなさい。上一位はこのままここに残るように。他は解散です」

「はっ」

 

 潮が引くように大勢がまわれ右をする。

 居残ったのは十五名の上一位、聖徒の中の聖徒。

 その一名を名指しする。


「レニアス・ギュラスを副主長とします。僕が不在のときはレニアスに従いなさい」

「だめだ」

「……なにがです」

「俺は副主長にはなれねぇ。俺は、どこへでもどこまでもいつまでも、おまえの傍から離れない。離れるつもりはねぇよ」

 

 ラザはレニアスと険しく視線を交錯させた。

 そこへ、側近のクナウド、ハートレー、ミザイアが「畏れながら」と口をひらいた。


「ラザ主長をお守りするために、私共もお役に立ちたく存じます」


 それからは我も我もと喧騒に乱れ、ラザは片手を上げてこれを制した。


「わかりました。では、ここにいるもの全員を僕の副主長とします」

 

 ざわ、とかすかなどよめき。

 ラザは平然と続けた。


「レニアスを筆頭に、クナウド、ハートレー、ミザイアを僕の側近とします。僕の勅命でのみ働きなさい。他な者は然るべき時が来たときは、各々の裁量に任せます」

「然るべき時とは、なんですか」

「いまはまだ早いです。まずは、七日後に鎮魂祭を執り行います。早急に準備してください。明朝、蒼旗を掲げます。あなたがたには存分に働いてもらいます。忙しくなりますよ。なにか片づけたいことがあるならば今日中にやってしまいなさい。以上、解散です。レニアスだけ残りなさい。クナウド、ハートレー、ミザイアの三名は神殿外で待機」

「はっ」


 礼拝堂で二人きりになり、ラザの前で、レニアスはたいそう居心地が悪そうだった。

 身体を斜めに向け、俯き加減に、歯ぎしりをして、掌を開いたり閉じたりしている。


「レニアス」

「な、なに」

「君、以前、なにかを訊くなら自分に訊けと言いましたね」

「……言った」

「僕を見なさい」

 

 レニアスは黙ってラザを凝視した。その眼は恐れを抱いて凍っていた。


「僕、あんまり欲のない人間なんですよね」

「……へ?」

「リアリとカイザだけ無事であれば、他はどうでもいいんです。実際、僕がせっせと働いて働いて稼ぎまくっていたのは、リアリにものすごい贅沢をさせてあげるためですし。豪華絢爛たる老後、悠々自適な生活、妻の我儘をなんでも、なにがなんでも、きいてやる夫、そういうのいいと思ったんですよね」

「へー。あ、そ、そう。そうだな、うん、いいな、すごくいい。ラザとお嬢なら、似合いそうだ。そういう暮らし」

「リアリの希望は全部かなえてあげたかったんです。妻のお願いをきくのって、夫冥利に尽きるじゃないですか」

「うんうん、ラザとリアリだったら天下無敵の夫婦になるよな! 子供はかっわいいのがたくさんでさー、どっちに似ても美形だろうしさー、あ、俺、片っ端から面倒みるから!」

「子供はまだあとでいいんです。その前に悠々自適な二人きりの生活を愉しむつもりで――僕はそれでよかったんですけど。でも、リアリは家族と友達と皆一緒に仲良く暮らすのが夢だそうです」

「家族と友達と……?」

「ええ」

「み、皆一緒に……?」

「ええ。君やエイドゥも含めてだそうです」

 

 レニアスが目頭を押さえた。


「……ははっ。そりゃ、お嬢らしいや……」

 

 やわらかく相好を崩したレニアスに、ラザは言った。


「手を貸しなさい」

「えっ」

「僕は君になにも訊きません。だから君もなにも言わず僕について来なさい。“力”だかなんだか知りませんが、なにも出し惜しみせず、僕の手足となり働くんです。もとより、君に拒否権はありません。僕は主長です。エライんです。僕が絶対です」

「ラザ」

 

 レニアスは腕をひろげてラザに抱きつこうとしたところを、足蹴にされた。


「うっとうしい。男に抱擁される趣味はありません」

「ううう。痛い。痛いけど、嬉しいぜ。俺、俺さ、頑張るから。だってさ、お、俺も、お嬢と同じで、普通がいいんだ。普通に……平和に、ただ皆で暮らしたいんだ」

 

 ラザは興味ないといった風情で踵を返した。


「行きますよ」

「どこに」

「どこへでもついて来るんじゃなかったのですか」

「いや、そりゃ、行くけど。単純に疑問だっただけ」


 ラザは答えず、礼拝堂を後にした。


 とうとう、第十話です。このあとは、最終話。その一歩前です。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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