それでもいい
オルディハとエルジュ=オランジェです。
真実の書がエルジュの手に渡りました。
オルディハが空中庭園に着いたとき、ちょうどロキスとすれ違った。
ロキスは片手を上げて去り、そのままオルディハは慰霊碑前まで足を運んだ。
案の定、そこには求める人物がいて、黒い台座つきのケースに収まった“超越者”二十二名の肖像画にじっと見入っていた。
「オランジェ」
前世の名を呼ばれ、エルジュは眼を上げた。
「なにしているの、こんなところで」
「ロキスから“真実の書”なるものを受け取った」
「なにそれ。どこにあったの?」
「博士のおられたカプセルの中に。当時の記録文書だそうだ」
「読むの?」
「いや」
「リュカオーンに渡すのね」
「最期まで生き残ったのも、今回博士を覚醒させたのも、彼女だ。その資格がある」
「でも喜ばないかもしれないわ。まずあなたが読んでみて、問題なかったら渡せばいいんじゃない?」
「問題?」
「“盾”のことはなにか訊いてる?」
「“盾”?」
「説明するわ。場所を移しましょうよ。私の部屋にいかない? ハルモニア特産の火酒があるの。強いけど、おいしいわよ」
オルディハは動こうとしないエルジュの腕に手を触れた。
ちら、と肖像画のリュカオーンに眼を留め、悄然と俯く。
「……今夜一晩だけでいいの。傍にいさせて。あなたのこと、ずっと……」
好きなの、いまも。
告げてもなお、エルジュは沈黙を崩さず、オルディハはとうとういたたまれなくなった。
「やっぱり、リュカオーンじゃなきゃ、いや? わ、私のことは、嫌い?」
「嫌ってなどいない。だが、私の心はおまえにない。それでもいいのか」
「いいわ」
「あとで辛くなるぞ。私のように」
「いいの。辛くなりたい。気持ちを押し殺したまま、後悔なんてしたくない。そんなの、一度きりで十分よ」
「持っていろ」
エルジュはロキスから預かった文書をオルディハに押しやり、身を屈めて、オルディハを腕に抱きあげた。
「きゃあ」
「部屋はどこだ」
「おろして! 私、見た目より重いのよ!」
「喧しい。女はこのぐらい重くてちょうどよかろう。丈夫な赤ん坊が産めそうだ」
「あ、赤ん坊って――」
「部屋は」
凄まれて、オルディハは暴れるのをやめた。
エルジュの胸は、温かかった。
翌朝、日の出と共にローテ・ゲーテ全土に一斉に青い旗が翻った。
そしてかかる大号令。
いま、聖徒殿の中央門がひらかれる――。
実は書の中身を歴然と明らかにする予定がないという。
文字の羅列、いやかな、と思いまして。削りました。
次話、新章です。ラザの出番です。
引き続きよろしくお願いいたします。