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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第二話 君の名は
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目には目を 火には火を 恋にはなにを?

 すみません、前回告知を一回延ばしてください。 

 この小話はラザ出ません。次回でした。

 王子ディックランゲアは、キースルイに描いてもらった地図を頼りに“アンビヴァレント”に向かった。

 その道すがら、警笛と、怒号と、これに続く逮捕劇に遭遇する。

 頭上を、ひとを乗せた二頭の大型の砂漠虎がひゅーん、ひゅーんと飛んで行く。

 そのまま表通りから右折して、中小路に姿を消した。

 なにごとだろう。

 と、ついあとを追って見ると、明らかに酩酊状態の中年の男が地面に転がっていた。

 その男を捩じり伏せ、足首と後ろ手に縛り上げている最中の若い男、手に小型の投げナイフを三本まとめて閃かせている黒い半仮面をつけた若い娘、それに野次馬が集まっている。

 娘は片膝を折り、その場にかがむと、酔っ払いの胸倉をむんずと掴んだ。


「あんたね、子供でもやっていいことと悪いことがあることくらいは知っているわよ。いくら酔ってたって、放火なんてやっちゃいけないことだっての、わかってるでしょうが」

「だからほんの出来心だって言ってんだろうが! 放せよ、でしゃばり小娘が!」

「……反省してないわね」

「反省してるって! さっきから謝ってんじゃねぇか。ごめんなさい、すみません、もうしません、許して下さいってな。おら、もう十分だろ。放せよ。いい加減にしねぇと俺だっていつまでもおとなしく捕まってなんかいねぇぞ、こら!」

 

 娘は男の脅しに屈したようには見えなかった。 

 立ち上がり、腕をすっと横に伸ばすと、野次馬の輪の中から少年がひとり素早く飛び出てその手になにかを渡した。


「あのね、因果応報ってわかる? 自分のやったことはいつか自分に返るのよ。それをいま、身をもって教えてあげる」


 と言って、取り出したのは火付け箱だった。


「これあんたのよ」

 

 娘はにやりとして、火付け箱から棒を抜き、シュッと擦って、なにをするかと思えば、縛られて身動きとれずに地面に転がされている男の背中に火を点けた。


「うおおっ。てめぇ、この野郎、なにしやがるっ。あ、あっちちちちっち」

 

 娘は鼻でせせら笑いながら、野次馬に交じって高みの見物としゃれこんだ。


「はん、自分がやられて嫌なことをひとにやった報いよ。反省するまで燃えていれば?」

 

 男が絶叫し、転げのたうちまわり、謝り倒して水を浴びせられたとき、いい具合に焦げついて、文字通り半分死に目に合っていた。

 娘は再び屈みこみ、手にしたナイフで失神する間際の男の頬をぴたぴたと叩いた。


「忠告しておくけど、また同じことしたり、私に報復しようものなら、こんなものじゃすまないからね。今度は刻んで食卓に並べるからね。わかった?」

 

 男はついに失神した。

 遅い通報により、警備隊がやってきて放火男を回収したとき、ぱらぱらと雨が降り始めた。

 いまは雨季なので、雨が降ることもまれではない。

 短い時間に天が落ちるかと思うくらい大量の雨が土砂降り、あとはカラッとなにごともなかったかのように晴れる。

 このときも、あっという間にスコールになった。

 王子は慌てて近くの集合住宅の軒先に避難した。

 振り返ってみたときには、もう娘の姿は消えていた。

 揉め事が日常茶飯事に勃発するスライセンにはいくつもの自警団があり、警備隊顔負けの機動力を発揮して町の治安を守ると言う。

 警笛と共に現れた娘も、おそらくはそのうちのひとりなのだろう。

 ああいった手合いに慣れた、強そうな娘だったな。と王子は思い出して、その無駄のない振る舞いに感心した。

 と、同時になにか心惹かれるものがあった。

 なぜだろう?

 不意に、探してみたくなった。

 衝動的にそんなことを考えた自分がおかしくなって、王子はクスッと笑った。

 口元がほころぶ。

 なにをのんきなことを、と自重する。

 捜す相手が違う。

 娘の行方を追うのは諦めたものの、残念に思う心は取り除きようがない。

 王子は軽くため息をついた。

 雨が止むのを待って、“アンビヴァレント”を訪ねたそこで、思いもがけず、二度目の邂逅を果たすことになる。


「君――」

「え?」

 

 娘は怪訝そうな顔で振り返り、王子をじろっと見た。


「ああ、あんた、さっき野次馬の中にいた……」

 

 アンビヴァレントは混み合っていた。

 どうも忙しい時間帯にぶつかったようだ。

 受付嬢に話を通すと、さっそく引き会わされたのが、いましがた放火男を捕縛して警備隊に突き出した娘だった。服装は変わっていたが、黒い半仮面といい、声といい、背恰好といい、間違いない。

 娘はうっかり口を滑らせたようで、すぐに姿勢を正した。


「失礼しました。お客様、今日はどのようなご用件でしょう?」

「キースルイ殿にある一件で助力を求めたところ、こちらの店を紹介されたのだ。ご令嬢に相談したいことがあってお会いしたいのだが、おられるだろうか」

「……失礼ですが、どちらさまですか?」

「ああ、そうか。失敬」

 

 王子は自分も半仮面をつけていたのを失念していた。

 それを取り、名乗ろうとした矢先、突然娘の両手が顔に押しつけられた。


「ベス! ナーシル! グエン! 来て!!」

「な、なんだ、どうし――」

「動かないで! その仮面、貸して! つけて! ベス、貴賓室を用意して! ナーシル、この方をそちらにご案内して傍にいてちょうだい。絶対に眼を離さないで! グエン、警護を! 部屋には誰も近づけるんじゃないわよ。他のお客様の取り次ぎが済んだら私もすぐに行く。それまで頼むわよ」

 

 王子はなにがなんだかわからぬまま、豪華だが趣味のよい部屋に放り込まれた。

 しばらくして、娘が現れた。見覚えのある若い男も一緒である。


「シュラ、そこにいて。ナーシルはさがっていいわ、ご苦労さま」

 

 娘は王子に向きなおると、深々と礼をした。


「手荒な真似をして大変失礼いたしました。私がリアリ・ダーチェスターでございます。以後、お見知りおきを。あなたさまのお名前を聞くには及びません。どうか仮面もそのままで。ここはカスバです。お膝元とはいえ、危険も多い地域です。用心に越したことはないでしょう」

「君が、キースルイ殿のご令嬢か」

「はい」

「私を知っている?」

「この(カスバ)下町であなたさまを知らぬ者はおりません。ですが、皆、好意的とも限りません。仮面を外す際は十分に気をつけた方がよろしいかと思います」

「そうか。いや、気をつけていたつもりだったんだ。ひとりでここに来たわけでもないのだが」

「はい。聖徒(ビリーヴァ・ザ・リア)殿の“陽炎(カゲロウ)”が複数名ご一緒のようで。彼らにはこちらに案内申し上げたこと、既に伝えております」

 

 陽炎(カゲロウ)とは聖徒殿所属王家直轄の秘密部隊である。

 命令次第でどんな任務もこなすが、いまは秘密裏の警護に就いている。

 どこにどのようにひそんでいるかは、ディックランゲアさえもわからない。

 だがそれを難なく察したというのだから、この娘もただものではない。


「……陽炎を見分けたのか。すごいな。さすがにキースルイ殿のご令嬢だ」

「私のことはどうぞ名前でお呼びください。――それで、ご用件は」

「ひとを捜したい。このカスバか、広くともスライセンのどこかにはいるはずなのだ」

「その人物の素性や経歴、容姿などの情報をいただければ、ただちに捜索を開始します」

「それが、そういったことはなにもわからぬ」

「……なにもわからない……?」

「わかっているのは、男で、非凡な才に恵まれた、或いは、傑出した人物であろうということだけだ」

「……失礼ながら、その条件であれば満たすものはカスバだけでも複数名心当たりがございます」

「だが私の捜し求めているものは、ただひとりだけだ」

 

 王子はリアリの眼を見た。

 美しい碧青。

 ふと過ぎる、疑問。

 だがリアリの先を促す強いまなざしの前に立ち消えた。


「私が捜しているのは、太古の英雄。甦りし魂の持ち主」

 

 リアリが息をのむ。大きな瞳が驚愕に瞠る。


「――それって」

「極秘で頼みたい。二十一公主の中でも滅びのゼクト・ラーレ討伐指揮にあたった四公主がひとり――」

 

 リアリが血相変えて待った、というしぐさをする。


「……まさか、ローテ・ゲーテ建国の祖を……?」

「そのまさかだ」


 王子は真面目くさった表情でひとつ頷いた。


「英雄ジリエスター公主を捜してほしいのだ。それも、できるだけ早く」


 目には目を、歯には歯を。byハンムラビ法典。有名ですね。 リアリ風に言うと、火には火を 毒には毒を。 ラザ風に言うと、罪には罰を 大罪には拷問を。 おあとがよろしいようで。 引き続きよろしくお願いいたします。 安芸でした。

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