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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第九話 王家の秘密
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ジリエスター博士

 復活です。

 着いた先は、闇。

 視界はまるで利かない。

 リアリは怪しむように辺りに気を配って、余計に困惑した。


「ここ、“方舟”の内部じゃない」


 アレクセイがあっさりと答える。


「そうですよ」

「どうしてわざわざ回り道したのよ」


 今度はロキスが答える。


「“方舟”は“方舟”でも、ここへ入る手段は他にないんだ。というか、この一室そのものが隠蔽されていて、誰も知らない。知っていても、入る術がない」

「なにもみえないんだけど。遺産ってなに。どこにあるの」

「眼の前に」

 

 急に明るくなったため、眼が眩む。

 反射的に瞑った瞼をこじ開ける。息を呑む。

 大規模な空間がひらけていた。

 赤と青の光が網目状に交錯する、侵入防止壁。

 その向こうに、巨大な銀色の円盤型の飛行船が整然と並んでいる。数えると、二十二機。


「円船」


 唖然として呟くと、得意そうにアレクセイが笑う。


「一機におよそ五千から一万人乗船できます。目安の幅があるのは、荷物所持か手ぶらかで重量に違いが出るためです、念のため」


 ロキスが身振りで先を促す。


「エネルギーの補填は済んでいる。あとはシステムに異常がないか調べて、不備がければいつでも飛べる」

「すごい」

 

 リアリは圧倒された。

 円船はゲイアノーンでは主に遊覧や観光、各種調査のため使用されたが、これほどの規模のものはあまり見たことがない。


「こんなもの、いつ誰が造ったの」

「それは父に訊くといい」

「父?」

 

 ロキスは防壁の手前に設置された制御装置へとリアリを案内した。

 だが、機器類そのものよりも眼を惹いたものがある。

 涙型の人工睡眠カプセル。

 なぜこんなものが、ここに?

 疑問が口をつく前に、はっとしてとびつく。

 上部開閉の蓋部分は透明で、中に横たわる人物が何者なのか、判別できた。


「博士」

 

 リアリは喉を震わせた。

 

「ジリエスター博士」

 

 肩に手を置かれた。

 エルジュだった。

 強い視線で入力式文字盤を指し示す。


「パスワードを」

「でも、私、知らないわ」

 

 自然と隣に立ったロキスが、カプセルの中を食い入るように見つめながら、口を利く。


「あなたがたとなにか約束したと、昔、父は言っていたが」

「約束?」

 

 思い当たることは、ひとつだけ。

 リアリはエルジュをみつめた。

 エルジュが無言で頷く。

 はじめのひと文字めのキーを押したところで、ロキスが遠慮がちにそっと訊ねてきた。


「……父と、どんな約束を?」


 リアリはロスカンダル語で入力を完了させた。

 画面に解除のニ文字が浮き上がる。

 視線をはね上げる。

 カプセルの上蓋部分が鈍く輝く。


「教えてくれ。なにを約束した」

 

カプセルの内部にて時差防腐防護システムが稼働する。

 くすんだ黄色と錆びた青色の光の火花が散っている。

 他にも電流の刺激により、緩やかな覚醒が促されるなどの処置が施されるはずだ。

 リアリは息を詰めて見守りながら、長い沈黙を挟んで、ロキスの問いに答えた。


「ディル・ヴェラザーン・リ・シール」

 

 ロキスの唇が小さく動き、復唱する。

 力が抜けた表情で、うっそりと呟く。


「“未来で逢いましょう”」

 

 音もなく、カプセルの蓋が持ち上がった。

 リアリは怯んだ。

 胸に手を寄せ、普段の気丈さはどこへやら、戸惑いし、次の行動に二の足を踏んで動けずにいた。

 すると業を煮やしたエルジュが、リアリの肩を抱いたまま全開したカプセルのすぐ傍まで連れていった。

 あとから、ライラとマジュヌーン、シュラーギンスワントもついていく。

 全員で覗き込む。

 博士は、記憶にあるよりずっと老けて、ひと回りも小さくなったようだった。

 痩せた手。細い首。皺だらけの顔。すっかり白髪になっている。

 だが、生きていた。

 胸がかすかに上下して、命の熱さを告げている。

 誰からともなく、博士の手に手が重ねられた。


「博士」

 

 リアリは呼ばわった。

 声が嗚咽で震えた。涙がこぼれる。


「博士」


 むにゃむにゃとごちながら、博士の眼が薄く開く。


「いまは朝かね、夜かね」

「夕方です」

「そうか。少し寝たのかな。そろそろ起きて“盾”を完成させよう。もうあと一歩なのだ」

 

 ロキスが背後から口を挟む。


「“盾”は完成した」

「む? そうだったかな。では“円船”の造成を急ぐとしよう」

「“円船”も完成した。二十二機――超越者二十二名分の頭数だけ。その存在を忘れないようにと、船名に彼らの名をつけただろう」

「そうか、そうだったな。やれやれ私もとうとうもうろくしたか。ところで君たちは見ない顔だが、誰だね」

「リュカオーンです」

 

 途端に博士は悲しげな顔になってかぶりを振った。


「リュカオーンは墓の下で眠っておる」

「ここは未来です。あれから九千年のときが経ったんです、ジリエスター博士」

「未来だって?」

 

 博士はきょとんとして、全員を並べ見た。

 ロキスに眼を止め、ほっと相好を崩す。


「息子よ。なにかおかしなことを言うこの娘さんは、おまえの知り合いかね」

「父さん。リュカオーンだよ。転生したんだ。生まれ変わったんだよ。他にも、二十一名全員。ここにいるのはオランジェとエドゥアルド、ナインツェールとルキトロス、それに秘密の番人を務めるアレクセイだ」

「もう秘密はほぼなくなったので、私の務めはまもなく終わりですけどね」

 

 そしてアレクセイは「あとは王子に尽くします!」と高らかに宣言した。

 博士は長いこと黙っていた。

 ぼんやりしている。

 そして突然、かっ、と眼を見開いた。


「未来」


 リアリは涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら、肯定した。


「また、お逢いできましたね」

 


 これで本当に登場人物が揃いました。

 あとは、ラストへ向けてスパートです。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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