秘密の間へ
秘密の間の構造をどう説明描写したものかと、頭を抱えました。ふー。
リアリは首肯した。
柄にもなく、緊張していた。
「扉はどこに?」
はじめにロキスが進み出て、行き止まりの白壁にキー・プレートを軽く押しつけた。
次にアレクセイがその横に並び、同じ動作で手持ちのキー・プレートを壁につける。
最後にリウォード王が、赤い小箱から取り出したキー・プレートを恭しく壁にあてる。
すると、たちまち、光の粒子から成る筒状の遺伝子解析装置が現れて、三人の全身をすっぽりと包んだ。
ものの数秒で解放、と同時に、足元の床が完全消失した。
その場にいた全員が、闇の中を急落する。
慌てたような、喚声と怒号。
リアリは恐怖を感じなかった。
落下がはじまって間もなく、重力調整装置が稼働、身体が持ち上げられる感覚と共に、空中での上下反転ができた。
す――っと、直線降下が続く。
着地はやわらかく、ひとりめが床を踏むと同時に光源が点いた。
柱塔の間。
かつてロスカンダルの首都ゲイアノーンを支えた動力配信の塔、大黒星塔。
数はさほど多くない。
ざっと見たところ、千から二千機。
ただ、なんのための塔なのか。
また、能力者なきいま、どうして動力の確保ができるのだろう?
第一、なにに使われるのか。
リアリは床に着目した。
一見、白亜の大理石。表面が照り輝いてきらきらしている。
顎を落としたまま、食い入るように全体を見つめたあと、右腕を胸の高さまで持ち上げた。
肘を弛める。
五指を握り、ひらく。
微弱な力が床面積にあたって、浸透。
氷が水を吸って透明になるように、足元が透けた。
心臓がばくん、と二つに割れるかと思った。
数千体もの“ひと”を収容した生命維持カプセルが羅列していた。
裸身だ。
性別にわけられていることもなく、年齢は様々、容姿もまちまちだ。
覚醒前の“能力者”。
ここは。
これは――!
「“能力者”の自動人工増殖、自動選定、自動廃棄施設。安定したエネルギーの供給を図るために造られた。この中でエネルギー値の高い“もの”が選り分けられて、研究のために“覚醒”させられ、データを取るためあらゆる仕事や任務に従事、或いは、“超越者”として更に能力を伸ばすことを目的とした実験材料にされた」
リアリは淡々と説明するロキスへと、首を振りむけた。
ロキスは激しい嫌悪に面相を歪ませつつ、重い声で続ける。
「この更に下に、ゲイアノーンの真の中枢核がある。巨大な円柱状のエネルギー炉だ。ここだけは、あの災厄のときを免れた。自動防御、自動回復、自動製造、自動蓄積、他、すべてのシステムがいまもまだ稼働中だ。あとで――待てっ」
リアリはロキスに羽交い絞めにされた。
「放しなさいよ」
ロキスは即座に従い、リアリの身体から腕をほどいた。
そして片膝と片手をついて、懇願する。
「破壊は待ってくれ」
「こんなものがまだ残存していたなんて」
眼が充血していくのがわかった。
ものすごい怒りの塊が湧いてくる。
魂のない、生体エネルギーのみを目的とされ、次々に廃棄されていく、“もの”――。
かつて自分もその一部であった。
リュカオーンとして実験に実験を重ねた暗黒の日々が、走馬灯の如く脳裏に閃く。
心が 血が 魂が 沸騰した。
力が一気に膨れ上がるのを感じた。
逆上した。
衝動のままに炸裂させようとした、そのときだった。
「リアリ殿」
ディックランゲアの手が肩におかれる。
「落ち着きなさい。あなたが取り乱してどうする」
「……王、子……」
「これほど奇怪なものを眼の前にすれば、それは確かに衝撃だろうが、あなたはこれしきのことであたふたするようなひとではあるまい。まあ、私などはすっかり動転しているが、その私でも、この通り、なんとか正気を保っている」
「……ディーク、様」
「……そんな泣きそうな顔をするな。つけ入りたくなるではないか」
ディックランゲアはリアリの瞼にかかっていた髪を指で梳いた。
虚ろに佇むリアリを叱咤するように、語尾を上げ、口調を和らげる。
「しっかりいたせ。あなたがしゃんとしていなければ、我ら一同路頭に迷う。なにせ私は場数を踏んでおらぬのでな、こういった事態に免疫がないゆえ、なにもできぬ。ただこうしてあなたを励ますよりほかに、役に立たぬのだ」
リアリはクスッと笑った。
「……堂々と、役立たず宣言ですか」
「悪かったな、情けない夫で」
「ですから、そういうことをおっしゃらないでと何度言わせるんですか。ん、もう、懲りない方だわ」
リアリの顔に表情が戻り、緊迫の糸がふっと切れた瞬間だった。
すぐ傍では、シュラーギンスワントが、ライラとマジュヌーンが、エルジュさえもが、憤怒の化身と化していた。
いまにも攻撃態勢を整えていたのだが、リアリの態度の軟化にともない、自らの緊張も解く。
解きながら、少なからず、驚いていた。
止められるとは、思わなかった。
破壊の限りを尽くす――かつてのリュカオーンの仕業による、ゲイアノーン炎上の如く。
それがあっさりと制止できた。
エンデュミニオンでもオランジェでもなく、腕っぷしの弱い、まったく頼りがいのない王子によって。
「……まさか、おまえ」
エルジュの呟きは最後まで続かなかった。
無防備に笑うリアリの姿に、胸が痛む。
自分でも気がつかない間に、愛しはじめることもある――。
などと、エルジュは口が裂けても指摘するつもりはなかった。
「そんなわけがあるか」
吐き捨てて、咄嗟に行動に出た。
リアリを背後から腕にさらい、抱え込む。
「っ、ちょっと、なんなのいきなり!」
「黙っていろ」
無理矢理、掌で口をふさぐ。
リアリは暴れたが、エルジュの腕はびくともしなかった。
ややして、おとなしくすると、解放された。
おかしなことにこちらをみようともしない。
ロキスが無言で安堵の息をつき、顎下の冷や汗を手の甲で拭う。
そこへアレクセイがひと声かけてきた。
「さすが私の王子! お見事です! この連中の暴走を止めるなんて普通じゃできません。あああ、素晴らしい。やはり王子が一番です。最高です。私、どこまでもついていきますからっ」
「いや、いらぬ」
「ええっ」
「うっとおしい……じゃなくて、おまえは私にはすぎた男だ。どこまでもついてこなくてもよい。ちょっとそこらまででかまわぬ。とはいえ、おまえが本当に私の役に立つ男ならば、いまこの状況を説明し、きちんと己が務めを果たせ」
「はい、はい、はい。もちろんですとも。私は役に立つ男。王子のためならばなんぼでも、なんの役にでも立つ男です。ふふふ、やりますとも。さあ、では方々、遺産を受け取りにまいりましょう」
リアリは乱れた服を整えながら訊き返した。
「……遺産?」
「正直私だって、こんな施設は見るのもいやです。ぶっ壊したいです。解放してもされても気狂いになるのが眼に見えていますからね――システムを完全停止させて、すべて焼却処分するのが最良でしょう。でもそれは、世界の終末の最後です」
アレクセイはロキスとリウォード王を手招きして、キー・プレート三枚を重ね合わせた。
ヴァン、と電子音が擦れて、瞬間移動装置のパネルが出現する。
音声入力式のようで、文字盤はない。
ロスカンダル語で、パスワードを要求される。
「ロスカンダル国ノ首都名ヲ応エヨ」
「ゲイアノーン」
「名ヲ応エヨ」
「リュカオーン」
「身元確認終了。コレヨリ移動ヲ開始スル」
行先は特定されているようで、入力の必要はなく、一呼吸後、転移は完了していた。
ロスカンダルは国名。ゲイアノーンは首都名。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。