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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第九話 王家の秘密
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秘密の間へ

 秘密の間の構造をどう説明描写したものかと、頭を抱えました。ふー。

 リアリは首肯した。

 柄にもなく、緊張していた。


「扉はどこに?」


 はじめにロキスが進み出て、行き止まりの白壁にキー・プレートを軽く押しつけた。

 次にアレクセイがその横に並び、同じ動作で手持ちのキー・プレートを壁につける。

 最後にリウォード王が、赤い小箱から取り出したキー・プレートを恭しく壁にあてる。

 すると、たちまち、光の粒子から成る筒状の遺伝子解析装置が現れて、三人の全身をすっぽりと包んだ。

 ものの数秒で解放、と同時に、足元の床が完全消失した。

 その場にいた全員が、闇の中を急落する。

 慌てたような、喚声と怒号。

 リアリは恐怖を感じなかった。

 落下がはじまって間もなく、重力調整装置が稼働、身体が持ち上げられる感覚と共に、空中での上下反転ができた。

 す――っと、直線降下が続く。

 着地はやわらかく、ひとりめが床を踏むと同時に光源が点いた。

 

 柱塔の間。

 かつてロスカンダルの首都ゲイアノーンを支えた動力配信の塔、大黒星塔。

 数はさほど多くない。

 ざっと見たところ、千から二千機。

 ただ、なんのための塔なのか。

 また、能力者なきいま、どうして動力の確保ができるのだろう?

 第一、なにに使われるのか。

 リアリは床に着目した。

 一見、白亜の大理石。表面が照り輝いてきらきらしている。

 顎を落としたまま、食い入るように全体を見つめたあと、右腕を胸の高さまで持ち上げた。

 肘を弛める。

 五指を握り、ひらく。

 微弱な力が床面積にあたって、浸透。

 氷が水を吸って透明になるように、足元が透けた。

 心臓がばくん、と二つに割れるかと思った。

 数千体もの“ひと”を収容した生命維持カプセルが羅列していた。

 裸身だ。

 性別にわけられていることもなく、年齢は様々、容姿もまちまちだ。

 覚醒前の“能力者”。

 ここは。

 これは――!


「“能力者”の自動人工増殖、自動選定、自動廃棄施設。安定したエネルギーの供給を図るために造られた。この中でエネルギー値の高い“もの”が選り分けられて、研究のために“覚醒”させられ、データを取るためあらゆる仕事や任務に従事、或いは、“超越者”として更に能力を伸ばすことを目的とした実験材料にされた」


 リアリは淡々と説明するロキスへと、首を振りむけた。

 ロキスは激しい嫌悪に面相を歪ませつつ、重い声で続ける。


「この更に下に、ゲイアノーンの真の中枢核がある。巨大な円柱状のエネルギー炉だ。ここだけは、あの災厄のときを免れた。自動防御、自動回復、自動製造、自動蓄積、他、すべてのシステムがいまもまだ稼働中だ。あとで――待てっ」

 

 リアリはロキスに羽交い絞めにされた。


「放しなさいよ」


 ロキスは即座に従い、リアリの身体から腕をほどいた。

 そして片膝と片手をついて、懇願する。


「破壊は待ってくれ」

「こんなものがまだ残存していたなんて」

 

 眼が充血していくのがわかった。

 ものすごい怒りの塊が湧いてくる。

 魂のない、生体エネルギーのみを目的とされ、次々に廃棄されていく、“もの”――。

 かつて自分もその一部であった。

 リュカオーンとして実験に実験を重ねた暗黒の日々が、走馬灯の如く脳裏に閃く。

 心が 血が 魂が 沸騰した。

 力が一気に膨れ上がるのを感じた。

 逆上した。

 衝動のままに炸裂させようとした、そのときだった。


「リアリ殿」

 

 ディックランゲアの手が肩におかれる。


「落ち着きなさい。あなたが取り乱してどうする」

「……王、子……」

「これほど奇怪なものを眼の前にすれば、それは確かに衝撃だろうが、あなたはこれしきのことであたふたするようなひとではあるまい。まあ、私などはすっかり動転しているが、その私でも、この通り、なんとか正気を保っている」

「……ディーク、様」

「……そんな泣きそうな顔をするな。つけ入りたくなるではないか」

 

 ディックランゲアはリアリの瞼にかかっていた髪を指で梳いた。

 虚ろに佇むリアリを叱咤するように、語尾を上げ、口調を和らげる。


「しっかりいたせ。あなたがしゃんとしていなければ、我ら一同路頭に迷う。なにせ私は場数を踏んでおらぬのでな、こういった事態に免疫がないゆえ、なにもできぬ。ただこうしてあなたを励ますよりほかに、役に立たぬのだ」

 

 リアリはクスッと笑った。


「……堂々と、役立たず宣言ですか」

「悪かったな、情けない夫で」

「ですから、そういうことをおっしゃらないでと何度言わせるんですか。ん、もう、懲りない方だわ」

 

 リアリの顔に表情が戻り、緊迫の糸がふっと切れた瞬間だった。

 すぐ傍では、シュラーギンスワントが、ライラとマジュヌーンが、エルジュさえもが、憤怒の化身と化していた。

 いまにも攻撃態勢を整えていたのだが、リアリの態度の軟化にともない、自らの緊張も解く。

 解きながら、少なからず、驚いていた。

 止められるとは、思わなかった。

 破壊の限りを尽くす――かつてのリュカオーンの仕業による、ゲイアノーン炎上の如く。

 それがあっさりと制止できた。

 エンデュミニオンでもオランジェでもなく、腕っぷしの弱い、まったく頼りがいのない王子によって。


「……まさか、おまえ」

 

 エルジュの呟きは最後まで続かなかった。

 無防備に笑うリアリの姿に、胸が痛む。

 自分でも気がつかない間に、愛しはじめることもある――。

 などと、エルジュは口が裂けても指摘するつもりはなかった。


「そんなわけがあるか」


 吐き捨てて、咄嗟に行動に出た。

 リアリを背後から腕にさらい、抱え込む。


「っ、ちょっと、なんなのいきなり!」

「黙っていろ」

 

 無理矢理、掌で口をふさぐ。

 リアリは暴れたが、エルジュの腕はびくともしなかった。

 ややして、おとなしくすると、解放された。

 おかしなことにこちらをみようともしない。

 ロキスが無言で安堵の息をつき、顎下の冷や汗を手の甲で拭う。

 そこへアレクセイがひと声かけてきた。


「さすが私の王子! お見事です! この連中の暴走を止めるなんて普通じゃできません。あああ、素晴らしい。やはり王子が一番です。最高です。私、どこまでもついていきますからっ」

「いや、いらぬ」

「ええっ」

「うっとおしい……じゃなくて、おまえは私にはすぎた男だ。どこまでもついてこなくてもよい。ちょっとそこらまででかまわぬ。とはいえ、おまえが本当に私の役に立つ男ならば、いまこの状況を説明し、きちんと己が務めを果たせ」

「はい、はい、はい。もちろんですとも。私は役に立つ男。王子のためならばなんぼでも、なんの役にでも立つ男です。ふふふ、やりますとも。さあ、では方々、遺産を受け取りにまいりましょう」


 リアリは乱れた服を整えながら訊き返した。


「……遺産?」

「正直私だって、こんな施設は見るのもいやです。ぶっ壊したいです。解放してもされても気狂いになるのが眼に見えていますからね――システムを完全停止させて、すべて焼却処分するのが最良でしょう。でもそれは、世界の終末の最後です」

 アレクセイはロキスとリウォード王を手招きして、キー・プレート三枚を重ね合わせた。

 ヴァン、と電子音が擦れて、瞬間移動装置のパネルが出現する。

 音声入力式のようで、文字盤はない。

 ロスカンダル語で、パスワードを要求される。


「ロスカンダル国ノ首都名ヲ応エヨ」

「ゲイアノーン」

「名ヲ応エヨ」

「リュカオーン」

「身元確認終了。コレヨリ移動ヲ開始スル」

 

 行先は特定されているようで、入力の必要はなく、一呼吸後、転移は完了していた。


 ロスカンダルは国名。ゲイアノーンは首都名。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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