対峙
ディックランゲアとエルジュです。
共通点は、どちらも惚れた女に弱いということで。笑。
不意に殺気にみちた恫喝が奔り、リアリは後ろから引っ張られて、身体の均衡を崩した。
エルジュの強い腕に拘束される。
びりっとした。
エルジュの黒い双眸には獰猛なまでの嫉妬が漲り、ディックランゲアに向けられている。
そしてディックランゲアとエルジュがもう何度目かの対峙をした。
「この娘に、気安く触れるな」
「それはこちらの台詞だ。貴殿こそ、私の婚約者に手出しをしないでいただきたい」
「貴様の出る幕などない。この娘は私のものだ」
「いいえ。リアリ殿は私の花嫁、妻になる方だ。諦めてください」
「……花嫁だの、妻だのと、耳触りだ。その口を引き裂いてやろうか……」
臓腑が恐怖のため引き攣るような凄みを帯びた声音で呟いて、エルジュは衣装の袖口から懐剣を閃かせた。
鋭利な動きで切っ先をディックランゲアの胸部に向けて突いたところを、素早く間に割り込んだキースルイの得物がとらえる。
弾く。
エルジュは退かず、もう一撃を繰り出す。
「オランジェ、やめて」
ぴた、と停止する。
リアリはその隙にキースルイ義父とディックランゲア王子を引き離した。
エルジュは懐剣を翳したまま、不満そうにリアリを睥睨した。
「止めるな」
「止めるわよ。あんた、いまは一国の王でしょ。外交問題になるし、まあその前に陽炎に叩きのめされて土牢にぶちこまれるわ」
「私が?」
エルジュは鼻で嗤った。
「この私がか?」
リアリは無造作に近寄って、エルジュの手にある懐剣の白刃に右の掌を添えた。
みるみるまに、鉄の刃が熱で溶ける。
「おい」
「ふん。なによ、文句あるの」
リアリは凄み返した。
エルジュは舌打ちして、残った柄を手の中で分解し、微塵に崩した。
「王子も」
と呼びかけて、リアリはディックランゲアを振り返った。
「オランジェを挑発しないでください。ごらんの通り、加減の利かない男なんですから。危険なのは御身なんです。ちょっと、なにをぼーっとして。王子、聞いてますか」
「ああ、聞いている。オランジェとは、誰だ」
ディックランゲアの指摘に、リアリは口元を拭い、言いなおした。
「間違えました。エルジュです。ルクトールのエルジュ王のことです。それから、これも何度も言っていますけど、私はあなたさまと結婚しません。王女の立場も受け入れるし、新二十一公主の名乗りも上げますけど、それだけは別ですからね。って、こんなことはどうでもいいんです」
「よくない」
「いいんです」
「よくない。私はあなたのことで退くわけにはいかない。それがたとえ誰であろうと、絶対に。それに私は確かに荒事には弱いが、そのう、男としては、あなたに庇われるのは不本意だ。第一、いまの力はなんなのだ? 鉄が溶けて――」
ディックランゲアが癇癪を起して喚くが取り合わず、リアリは押し退け、リーハルトのもとへ行った。
「すぐリウォード王にお目にかかりたいのです。どうすればよいですか」
「なんの用だね? 父では力になれないか」
リアリは周囲を憚って、言語をローテ・ゲーテの古語に置き換えた。
これで会話が近衛兵らに筒抜けになることはないだろう。
「“秘密の間”を開けたいのです。私にはその資格がある、そうでしょう?」
突然の申し出にも顔色ひとつ変えることなく、リーハルトはリアリを見つめたまま言った。
「いますぐにかね」
「はい。王家が血に血を重ねて守り継いできたものがなんであるのか、知りたいんです。いまこの危急のときに必要なものであるならば、生かさなければなりません」
「わかった。王のもとへ行こう」
来た道をほぼ戻り、途中、進路を変え、蟻の這い出る隙間もない堅い警護の布陣の中、リーハルトの先導で、国王接見の間に続く待合室に案内された。
他に何組もの取次希望者がいたが、すべて一旦異動を命じられ、出ていく。
待合室は豪華だった。
白檀の香が焚かれ、芳しい。
壁は赤地に青糸の刺繍が施され、模様は砂漠虎や灰色大鷲、糸杉、オリーブの木など砂漠を象徴する動植物が描かれている。
窮屈でないように設置された十脚の長椅子もすべて同じ細工で統一され、十卓ある小卓は金細工だった。
マントルピースには“滅びの竜と双頭の巨人”を象った精巧な細工の翡翠の置物が陳列され、裏を返すと、“エイドゥ・エドゥー”の署名をみつけた。
お茶とビスコッテイが配られ、しばし待つ。
入口から三番目に近い長椅子にリアリは腰かけた。
シュラーギンスワントを背後に置き、リキュールに浸したビスコッテイをライラとマジュヌーンに与えていると、エルジュが傍にやってきて、断りもなく隣に座る。
そして流暢なロスカンダル語を紡いだ。
いざ、謁見へ。
次話はエルジュとリアリです。この二人は実のある会話が足りないですね。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。