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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第九話 王家の秘密
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二度目の再会

 オルディハは健気で頑張り屋です。

 でも不器用だから、自分のことは後回し。

 退室し、後ろ手に扉を閉めて、廊下へと出る。

 眼を瞑り、凭れかかって、息を吐く。瞼を持ち上げる。

 居合わせた顔ぶれの中に、オルディハがいたので、リアリは面食らった。


「大丈夫?」


 相変わらず裸足で薄着のオルディハが、重心をまっすぐに通したきれいな歩みでリアリに近づき、訊いてきた。


「なにが?」


 すると鼻に皺をよせて、オルディハは溜め息をつきながら腕を組んだ。


「ご挨拶ね。あなたの叫び声が聴こえたから、心配になって様子を見に来たんじゃないの。全員で押しかけるのもなんだから、私が代表で駆けつけたのよ。それで? なぜオランジェがいて、エンデュミニオンがいないの? いえ、そもそも、彼とは会えたの?」

 

 語尾が迷っている。

 再会を果たしていない可能性を懸念したのだろう。

 リアリは複雑な気持ちのまま、仄暗く微笑んだ。


「会えたわ」

「そう、よかった。昨日の様子ではまだ覚醒していないようだから気になって――いいえ、覚醒すら危ういと思っていたのだけれど、でも、あなたの声が聴こえた」


 オルディハの瞳が喜びを含む。


「リュカオーン、あなたね?」


 リアリはオルディハを抱きしめた。


「私よ。また逢えてうれしい――久しぶりね、オルディハ」


 オルディハに抱き返される。

 眦にうっすらと涙が滲んでいた。


「ゾルベット・ローとナディザードはどう? 彼らのこと、なにか知ってる?」

「よく知っているわ。エンデュミニオンも連れて、あとで合流する」

「そう。あとで、ね。いまは、なにがあるの? 私で手伝えることは?」

「相変わらず世話役を買って出てるのね。この苦労性!」

「なんとでも言いなさいな。性分だから仕方ないのよ、もう自分でも諦めたの」

「わかった。じゃ、存分に皆の面倒を見てちょうだい。こっちは大丈夫だから」

「あなたこそ、単独行動は控えなさいよ。危ない真似はよして。やるなら、一言断って。そうしたら援護できるから」

「ええ」

「必ずよ。じゃあ方舟で待っているわね」


 言って、オルディハはエルジュにさりげない、だが特別な親しみのこもった一瞥を向けてから、そのままふっと姿を消した。

 どよめき。

 ほとんど同時に、リアリは全身を抱え込まれた。

 拘束はきつく、頭部までがっちりと押さえつけられている。

 はじめ誰だかわからなくて混乱したものの、服に焚きしめられたよい香りから、ディックランゲア王子だとわかった。


「放して」

「どこにも行かないと約束してくれるか」

「苦しいわ、息ができない」

 

 途端に力が緩められる。

 リアリはディックランゲアの腕を振りほどこうともがいたが、どうにもできなかった。


「ちょっと、いいかげんにして」

「あなたまで消えたら、どうしようかと思ったのだ……」


 ディックランゲアが、ぼそりと、情けない調子で肩と声を落とす。

 リアリはぐっと黙らされた。

 強い姿勢で迫られたらやり過ごすすべなどいくらでもあるのだが、ディックランゲアの、この計算なしの弱腰には、どうもかなわない。

 そこへ、ライラとマジュヌーンの二頭が首を突っ込む。

 シュラーギンスワントが自分の身代りに寄こしたのだろう。

 ライラはリアリにまとわりつき、マジュヌーンは軽く威嚇のこもった唸りを漏らしながら、ディックランゲアの周りをぐるぐるしはじめた。


「……消えやしないわよ、大丈夫。ここにいるわ」


 嘯いて、良心が痛むのはディックランゲアの眼が真剣に事態を危惧しているためだ。

 案の定、ディックランゲアは納得しない。


「では、いまあなたが使用した言葉はどこの国のものだ。私にはなにを話しているのかさっぱりわからなかった。なんと言っていたのだ」

「普通に――」


 リアリははっとした。

 普通に、ロスカンダル語で話していた。

 周囲を見ると、父リーハルトもキースルイ義父も、近衛兵らも、奇異なものを見るような眼でこちらの様子をじっと窺っている。

 リアリは眼を伏せて、ロスカンダル語で一言だけ呟いた。


「……普通に平和に暮らしたいだけなのに……」


 それすらもままならない。

 リアリはゆっくりと顎を上向かせ、一抹の寂しさを覚えながら、皆を眺めた。


「釈明をするべきなのは、わかっています。でも、こんなことをいちいち説明していたらきりがないわ。それに、そんな余裕もない。私はこれからもっと色々なことをしなければならない。中にはひとの常識の範疇を超えたこともたくさんあるの。でもそれもこれもすべて――」

 

 種のため、生命存続のため、未来のため。

 とは、言わなかった。

 リアリは皆が納得のいく、説明無用な、この国で唯一無二の肩書きを負うことに決めた。


「私がジリエスター公の再来、新二十一公主のひとりだから」


 息を呑む気配。

 石竜アッシュや王家に伝わる伝承、聖徒殿の成り立ち、予言からして、リーハルトやキースルイはリアリがそれらと無関係ではないことを知っていたはずだが、それでも、驚いた顔をしていた。

 公言するとは思っていなかったのかもしれない。

 リアリ自身、認めたくも認めるつもりもなかったが、これからのことを思うとこれが一番手っ取り早いかもしれない。

 なにぶん、国単位、百万単位で、人間を動かさなければならないのだ。

 かかる号令は力と身分がある方が、より円滑に事が運ぶだろう。

 情報伝聞の素早いローテ・ゲーテのことだ、明日には全土に広まっている。

 明日からは、リ・アリゼーチェ・ギルス・ディル・ラールシュティルダーとなり、王女の地位に就き、新二十一公主として起つことになる。


「いい加減に、手を放せ」


 不意に殺気にみちた恫喝が奔り、リアリは後ろから引っ張られて、身体の均衡を崩した。

 今度はエルジュの強い腕に拘束される。

 ぎくりとした。

 エルジュの黒い双眸には獰猛なまでの嫉妬が漲り、ディックランゲアに向けられている。


 リアリ=リュカオーン=新二十一公主ジリエスター公の再来。

 なのです。

 役柄と二つ名が混迷してきました。できるだけ、混乱の内容にしたいな、と。

 あと少しで、秘密の間が開きます。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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