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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第九話 王家の秘密
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 母と娘です。

 そして誕生秘話。

「……エンデュミニオンでなくて、悪かったな」


 聴き覚えのある声。

 ぼんやりとみつめる。

 ややあって、焦点が結ばれる。

 黒ずくめの異国の衣装に身を固めた男。


「……オランジェ」

「おまえの声が聴こえた」

 

 リアリは引き寄せられ、胸にそっと、包まれた。


「放っておけなかった」


 涙腺が決壊した。

 リアリは泣きじゃくった。

 小さな子供のように、生まれたての赤ん坊のように。声を上げて。

 嬉しさのあまり。喜びのあまり。

 命という奇跡の恩恵に胸がいっぱいになって、泣かずにはいられなかった。

 我に返ったのは、しばらく経ってからだった。

 口を利いたのはリアリが先だった。


「……リュカオーンの最期の願いは、ひとになることだったの。普通の平凡な人間に」

 

 顔を上げたリアリの眦を、オランジェの――エルジュの親指が拭い、もつれた前髪を指で梳く。


「かなったではないか」

「……私、普通?」

「おまえはおまえだ。人工的に造られたおまえも、いまあるおまえも、姿形がどうなろうと、他の誰を愛していようと、約束を忘れて裏切ろうが、つれなかろうが、かわいくなかろうが、おまえは私の愛している者だ」


 言って、エルジュは腕を解いた。

 ベールを直し、リアリの服装を整える。


「いいかげんに泣きやめ。私はおまえの泣き顔は見厭きている。ブサイクだぞ」

「ブサイクで悪かったわね」

「怒るとますますブサイクだ」

「あんた、ひっぱたかれたいの?」

「っははははははははは。そうだ、怒っていろ。泣くよりましだ」

「うるさい」

 

 照れ隠しも手伝って、リアリは素直にエルジュに礼を言えなかった。

 ふと気づけば、物問いたげな幾つもの視線にぶつかって、我に返る。


「……ちょっと待って。あ、あんた、ここへどうやってきたの」

 

 エルジュは答えず、腕を組み、明後日の方角を見た。

 リアリはイラっとした。


「またそうやって、自分に都合が悪いとすぐ黙る。あんたね、子供じゃないんだから――」


 扉を一瞥した。閉じている。開いた様子はない。

 やはり、空間移動をしたのだ。

 こんなひと前で!

 本気でむかっ腹をたてながら、言い訳をどう工面したものかとしどろもどろになったとき、はじめて、寝台の上のまなざしをとらえた。

 王家の碧青の(ミルヒ・クレイスター)

 リアリは射ぬかれたように硬直した。

 王弟妃は細く軽い笛のような音色の声を紡いだ。


「あなた」

「なんだね」

「三人だけにしてくださる?」

「よかろう。だが、無理をしてはいけないよ」

 

 王弟は妻の額にくちづけし、離れた。

 手を振る所作ひとつで、皆退出を促される。

 義母ルマも無言のまま行き過ぎようとしたとき、


「ルマ、あなたは残って」

 

 王弟が出ていく。

 エルジュがリアリの手をすくい、指先に軽く口づけを落とした。

 感情の読み取りがたい黒い眼が危惧している。

 心の具合を案じられているのだ、と察して、リアリは視線で大丈夫、と告げた。

 もの言いたげな王子を含む、全員が去った。

 室内には王弟妃と義母ルマとリアリだけが残された。

 王弟妃はルマの手を借りてゆっくりと起こされた。

 じっとリアリを見つめて、眼元を和らげる。


「リ・アリゼーチェ」

「はい」

「幸せですか」


 会いたかったとか、ごめんなさいとか、許して、ではなく。

 そのどれを告げられても困っただろう。

 なにも答えようがないから。

 けれど。


「はい」

 

 また涙がこみ上げる。

 それでも笑顔を浮かべて、リアリは言った。


「幸せです、とても」

「よかった」

「家族がたくさんいるんです。大事なんです、皆」

 

 ルマを見る。

 ルマも眼を赤くしていた。


「賑やかでしょうね」

「はい、すごく」


 王弟妃、シェラチェリーアは微笑んだ。

 ジャスミンの花のように繊細で可憐な白い微笑。

 息を整え、訥々と、語りはじめる。


「あなたを身籠った夜、夢を見ました。不思議な夢です。真っ暗な空間、足元には蒼い球体。どこから湧くのか、黒い(そら)の奥から溢れた光の雫は次々と蒼い球体へ降りていって、蒼い球体からも光の雫が昇って来ては、黒い宙に消えていきました。

 その煌々たる光の洪水の中に、私はおりました。

 そうするうちに、眩いひとつの光が私の胎に吸い込まれました。身籠ったのだ、と直感しました。そのとき、聴こえたのです」

 

 シェラチェリーアは一呼吸おいた。


「逢いたい、と」

「……逢いたい?」

「そう、確かに聴こえたのです。そしてあなたが生まれた。あなたが逢いたいひとに逢えるように自由を、できるだけ王家のしがらみやしきたりより隔て、王城の外へと送り出すことにしました。私とリーハルト様で決めたことです」


 言外に、おかしな予言などのためではないと、告げられている。

 この瞬間、リアリはシェラチェリーアに対してどこか構えていた心の殻が、ぱらぱらと微片になって剥がれ落ちるのを感じた。


「逢いたいひとには、逢えましたか……?」

「逢えました……」

「それはさいわいです」


 にっこりと微笑まれて、リアリは気圧され、頷いた。

 この美しいひとは、見かけよりも遥かにはっきりとものを言う。

 ふと、いまなら訊けるかもしれない、と思った。


 逢いたいひとに逢えるならば、転生にも意味がある。そう思いたいものです。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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