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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第九話 王家の秘密
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黙ってはいられない

 リアリとディックランゲアです。

 続きます。


 実父で王弟、宰相のリーハルト・ギルス・ディル・ラールシュティルダーの執務室を訪ねたところ留守だった。

 間近に迫った世界会議のための討議に出席しているという。

 リアリは改めて出直すと申し出たのだが、執務次官に引き留められ、待たされた。

 王弟の執務室は広いが簡素で、実用主義そのままだった。

 天井には明るさ重視の大きなシャンデリア、執務机、書記官や事務次官用の作業机、書類棚、書物棚、備品棚、脚の細工の優美な長椅子が一脚、水差しと杯ののった小卓と未開封の葉巻きがひと箱。スライセンでは見たことのない銘柄だ。

 黒のタウブと黒のベールの正装を選んでよかった、と思った。

 仮面は必要ないかもしれないが、念のためつけていた。

 最近は王城で暮らすことにも慣れ、雰囲気に圧倒されることもなくなったが、いまは身なりを整えて臨む必要がある。

 リアリは、正直恐れていた。

 一度もあったことのない母君とは、どんなだろう。

 似ているのだろうか。似ても似つかないのだろうか。

 自分は娘として、認めてもらえるのだろうか?


「リ・アリゼーチェ!」

 

 突然、扉が開いて騒々しく王弟リーハルトが駆け入ってきた。


「どうした、娘よ。なにかあったのかね。なにがあったのだね。父になにかできるかね」

「少し落ち着いたらどうですか。リアリ殿が及び腰になっているでしょう」

 

 窘めたのは王子ディックランゲアで、最後に入室してきたのは王弟の書記官を務めるキースルイ義父だ。


「……会議中と伺ったんだけど、お邪魔じゃなかった?」

「いやいやいやいや、ちょうど休憩にするところだったのだ。なあ、そうだろう王子」

「討議の真っ最中に一方的に一時休憩宣言して退出しておいて、なんて言い草ですか」

「ほら、こう言っている。問題ないだろう、いまは休憩中なのだ。さて、なんの用だね」


 リアリはディックランゲア王子が疲れた表情で長椅子に腰を落とす姿を見た。

 目の前の美貌の王弟も、口喧しくはあるが、どことなくやつれている。


「忙しい最中に呼び出して、ごめんなさい」

「構わないよ。私はそなたが最優先なのだ」

「あの……シ、シェラチェリーア様、にお会いしたくて」


 なんて切り出そうかと悩んだが、結局は捻りのない、ぶしつけな申し出になってしまった。

 書記官という立場上、義父が近くにいることは想定内だったが、いざとなると相当後ろめたい。

 恐る恐るそちらを見ると、滅多に表情を変えない義父がやわらかく微笑していた。


「会って……くれるのかね。本当に……?」


 低い呟きに注意を引き戻される。

 リアリは「はい」、と答えようと上向いて、咽喉が詰まった。

 王弟は真顔なものの、やや間が抜けている。


「会わせていただけますか」

「無論――来なさい。私が案内しよう。こちらだ」

 

 王弟はよろめいて小卓にぶつかった。

 水差しと杯がひっくり返るが、構わずに勢いよく扉を開け、せかせかとした足取りで出ていった。

 入れ違いに先程の執務次官が顔を出し、後片づけを申し出てくれたので、そのまま王弟を追う。


「なぜ王子もついてくるの」

「私もシェラチェリーア様に久々にご挨拶申し上げたい。いけないか」

「いけないってことはないけど……」

「そう邪険にしないでくれ。私はこれでもあなたの婚約者なのだから」

「それ、やめて」

 

 睨むと、睨み返された。

 リアリは怯みそうになる己を叱咤した。

 今日はいつになく、ディックランゲア王子の眼が険しい。


「……ずいぶんと、ご機嫌斜めですね」


 リアリはそれも当然か、と思った。

 悪いのはこちらだ。


「重要な会議を中断させてしまったことはお詫びします。すみません」

「そうではない。会議の中断は――むしろ、頃合いだった。昨夜からほとんど徹夜で審議と討議の繰り返しだったから、皆も限界だったろう。私が不機嫌な原因は他にある」


 リアリは押し黙ったが、王子は勝手に続きを話しはじめた。


「ペトゥラでの件は、いったいどうなっているのだ」


 怒気を抑えた声だった。

 案の定の追及に、リアリは更に固く唇を結んだ。

 それでもリアリの事情を慮ってか、王子は声を細く小さく低く、ひそめて言った。


「今度の世界会議は、二十一カ国の王が新二十一公主を共に連れて来訪される。伝承によれば、石竜(ゼ・フロー)が目覚めれば、それは新二十一公主の誕生を意味する。公主らはひとりが目覚めると同時に全員が目覚めるものらしいので、全員揃えば、事実上、新二十一公主のお披露目でもある」

「新二十一公主、ね。たいそうな名称だわ」

「ところが、実際は公主不明で必死に探索されている国もまだまだ多いらしい。かく言う我が国も、少し前までは似たような状況下にあった。

 だが、先日私が出会ったのが真の新二十一公主の面々でいらっしゃるのならば、なぜ名乗りを上げない。なぜ秘密裏に集まり、あそこでなにをしているのだ。

 そもそもあの“方舟”とはなんなのだ。

 なぜ我が国にあんなものがある。いつ誰がどうやって造った。なんのために。あんなに多くの石竜(ゼ・フロー)を集めてなにをするつもりだ。滅びの(ゼクト・ラーレ)と双頭の巨人(ゾルベット・トール)との関係は。

 予言は――予言は、真実そのものなのか。

 これから、いったいなにが起こるというのだ。あなたはすべてをご存知なのか。どうなのだ、リアリ殿」

「……私が『はい』と言ったら、どうします?」


 リアリは王子と適当な距離をとりながら囁いた。

 朱色の絨毯が敷かれた廊下は、御影石細工で幅が広い。

 王弟はどんどん、どんどん先を行って、このままでは見失う、という寸前で傍にいるキースルイ義父が引き留めている。

 すれ違う使用人たちに道を譲られる中を、複雑な順路を辿っていく。奥へ奥へと進む。

 王弟妃は滅多に民の前に姿を現さないことで知られていたが、もしかしたら、単に室を出るのが面倒なのかもしれない。

 リアリはつらつらと考えを巡らせながら、ゆっくりと先を繋げた。


「予言はすべて真実で、滅びの(ゼクト・ラーレ)は甦り、私たちは双頭の巨人(ゾルベット・トール)と手を携えて戦う運命にあると言ったら。危機はすぐそこまで迫り、残された時間は少ない。そう申し上げたら、信じていただけるのですか? 真実を告げたら、それを信じて、私たちに協力し、なにもかも言うことをきいてくれますか? どうなんです、ディックランゲア王子――ローテ・ゲーテの次期王位継承者様」


 次話、王子がぐっと迫ります。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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