愛の嵐
前話に続いて甘いです。
苦手な方は飛ばしてくださいませ。
「そ、それほどでもないわよ」
「ではどれほどなんです。もう押し倒されたりしたんですか」
ラザが剣呑な眼つきでリアリとの距離を狭める。
リアリはかぶりを振りながら、心持ち、身体を後ろに退く。
「まさか。あ、あんたが誰からなにを聞いたか知らないけど、そんな大袈裟なものじゃないわよ。ただちょっと抱き締められたり、心配されたり、くっつかれたりしただけで――」
「……へぇ」
「……あの、だ、抱き締められた、といっても、そんなに気持ち悪い感じじゃなくてね」
「じゃあどんな感じだって言うんです」
ラザはリアリをベッドに押し倒した。
長い金髪がシーツの上にひろがる。
ラザはリアリが逃げられぬよう、華奢な身体の上に覆いかぶさった。
耳の両脇に両肘をつき、息もかかるくらい近くから、美しい王家の碧青の瞳を睨み据える。
「他の男に触られて、よろめいたり、ときめいたり、ぐっときたり、したんですか」
凄みを増した声で低く囁かれる。
怖さのあまり、リアリはうまく呼吸もできなくて、喘ぐように答えた。
「ほ、ほんの一瞬、くらっときただけよ」
「どちらに」
リアリは答えるわけにはいかなかった。
「どちらにも?」
リアリは返答に窮した。
しかしなにか言わなければ今夜にも二人の命がないことは明らかだった。
「返事をしないということは、庇うということですね」
そのどこか拗ねた口調が、リアリの恐怖をほんの束の間和らげた。
ラザの怜悧な美貌ははっきりと嫉妬に狂っていて、そこではじめて、さきほどと立場が逆転していることに気づき、思わず笑ってしまった。
「なにがおかしいんです」
「嬉しいの」
「は?」
「さっきあんたが言っていた意味がわかったわ。私も、あんたの嫉妬が嬉しくて、つい笑っちゃったのよ」
リアリはふわっと笑んだまま、手を伸ばしてラザの頬を撫で、顎先に唇を押しつけた。
「好き」
二人は息もひそやかに、じっと見つめ合った。
ややあって、ラザが殺気を和らげて、肩をすくめる。
「……そんなキスひとつで、僕がごまかされるとでも?」
「好き」
今度はやわらかく唇を吸う。
「嫉妬されると、愛されてるってわかって安心する……」
急にラザが真顔になったので、リアリは恥ずかしくなって顔を背けた。
だがすぐに、ラザの手袋を嵌めたままの長い指に顎をつままれて上向けられる。
ラザは欲望を湛えた男の眼をそのままに、真っ向から告げた。
「あなたが欲しいんです。このままあなたを抱きたい。許してくれますか?」
「……私も、抱いてほしい」
「でも僕、今日は手加減できません。あなたが嫌だって言っても途中でやめられませんが」
「手加減なんてしないで」
「……知りませんよ?どうなっても」
「どうなってもいいわ」
「壊れても?」
「壊れても」
リアリの白い手がラザの眼帯を外す。
さらけ出された顔は欲情のため渇えている。
ラザは歯でさっと手袋を外した。
リアリの眼が黒い指輪に留まる。
「あんた、指輪なんてしてた?」
「指輪が、欲しいんですか? 買ってあげますよ、いくらでも」
「別に指輪は欲しくない――んだけど」
「ではなにが欲しいんです?」
ラザはリアリにのしかかりながら、血の染みがついた聖服の上着を脱ぎ捨てた。
「物じゃないの」
リアリは唇に熱いキスを繰り返し落とされながら、タウブを脱がされていった。
剥き出しになったうなじを指でなぞられ、舌で舐められた。
甘い刺激に、肌が泡立つ。
深まるキスの嵐に眩暈を覚える。
「鎮魂祭に誘って」
喘鳴が漏れる。
リアリは上ずった声で言った。
「ラザが忙しいのはわかってる。今年も奉納の舞を納めるって言っていたものね。だからずっと一緒にいてなんて言わない。ただ、お祭りの最後の夜だけ傍にいて欲しいの」
「いいですよ」
「……いいの?」
「はい。あなたのお願いならきかないわけにはいきません」
「じゃあもうひとつ」
「なんです?」
「シュラとライラとマジュヌーンを許してちょうだい」
ラザは仏頂面をつくり、愛撫を中断した。
リアリが止まった手に顔を摺り寄せてくる。
「ね? お願い」
珍しく、ラザが頬を紅くして顔を顰める。
「こら、色仕掛けなんてずるいです」
「利いてる?」
「……利いてます。あなた、そんなみだらな恰好で、瞳も唇も潤ませて、かわいらしく擦り寄ってくるなんて、どこでそんな悪いことをおぼえたんですか」
「みだらな恰好にしたのはあんたじゃないの」
「それにしてもです。まったく……こんなに僕を煽るなんて、困ったひとですね。わかりましたよ、シュラとライラとマジュヌーンは、今回罰するのを控えます。でも次があったら、そのときは殺します」
リアリは自分からラザに抱きついた。
「大好きよ、ラザ」
「唇をひらいて」
ラザは再び仕切りなおすように、今度はそっと触れるだけのキスを繰り返しつつ、ゆっくりと、深く、熱いキスの雨を降らせた。
それは止むことなく続き、唇から唇へ愛が伝わって、全身に温かい幸福感が満ちてゆく。
二人は知っていた。
いまは嵐の前の静けさであると。
まもなく、種の生存をかけて戦わなければならないと。
だがいまは。
いまだけは。
時よ止まれ。
次話、新章です。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。