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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第八話 聖徒殿(ビリー・ヴァ・ザ・リア)
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聖徒殿主長(ビリー・ヴァ・ザ・リア・ギャスレイ)

 展開が、いささか早いです。


 

 移動は数瞬を要しただけだったが、それでも相当な深みへ運ばれたことがわかった。

 広い。

 閉鎖感がまるでないほど、圧倒的にひらけている。

 それなのに呼吸が苦しく、窮屈な感じがして、眩暈がした。

 眉間を押さえる。


「気圧酔いじゃよ。すぐに慣れる」


 しゃがれた声が響く。

 ラザはそちらを見た。

 闇の中、すう、と月光が射したかのように一部が仄明るく照らし出された。


「あなたが聖徒殿主長(ビリーヴァ・ザ・リア・ギャス・レイ)ですか」

「そうじゃ」

「ここはどこです」

「元ゲイアノーン第十七科学研究所地下第一実験施設。いまはさしずめ、保管庫じゃな」

「なぜ囚われているのです」

「それが務め故な」


 ラザは黙った。

 聖徒の青と白の聖服聖帽、主長(ギャス・レイ)である証の徽章、指輪、黒い眼帯。

 聖徒殿主長(ビリーヴァ・ザ・リア・ギャス・レイ)は四肢をひろげられた状態で宙吊りにされていた。 四肢は太い鎖で拘束され、それぞれ恐ろしく長く、ずっと上部まで伸びている。


「私が第九十五代聖徒殿主長(ビリーヴァ・ザ・リア・ギャス・レイ)マリメダ・ドルーシラ。よくぞ来たね、ラザ・ダーチェスター」

 

 だいぶ高齢の老婆だが、澱みのない口調と覇気はさすがなもので、ラザはローテ・ゲーテの民として年長者に敬意を尽くすべく、丁寧に膝を折って挨拶した。


「はじめてお目にかかります。ラザ・ダーチェスターと申します」

「ごらん」

 

 マリメダの声に応じるように四方から光が射して周囲が明るくなった。

 ラザの顔が曇る。

 眼は、マリメダの背後に螺旋の形に連なるクリスタル製の箱の列を捉えた。

 どういう仕組みなのか、ゆっくりとそれぞれが回転している。


「あれはなんです」

「見ての通り、ひとの脳じゃよ。歴代の主長(ギャス・レイ)さ。どうしても私たちが守ってきたものの最期を見届けたくて、こうして意志を形にして残している。もうすぐ私も彼らの仲間入りだ。覚悟はいいかね?」

「いいえ」

「『いいえ』?」

「僕、気が弱いのであなたの御心には添えないかと思います」

「この姿に臆したかい?」

 

 ラザは起立した。

 平然と、つまらなそうに告げる。


「そのくらい、拘束としては温いです。僕なら背骨と両手首をへし折って、膝から下を斬り落し眼を潰します」

 

 マリメダは満足そうに笑んだ。


「ラザ・ダーチェスター、そなたを第九十六代聖徒殿主長(ビリーヴァ・ザ・リア・ギャス・レイ)に任ずる。いまを持って、この室より外に出たときより、そなたが聖徒殿の新しき長だ」

 

 

 ――もし聖徒殿主長に直々に正統後継者と指名されれば断れないということなんです。


 

 つい先日リアリに打ち明けた懸念があっさりと現実のものになった瞬間だった。

 否、後継者指名ではなく正式な譲位なのだから、状況はもっと深刻だ。

 聖徒最上位である立場上、この勅命から逃れる術をラザは持っていなかった。


「……ラザ・ダーチェスター、謹んで拝命仕ります」

主長(ギャス・レイ)の指輪と徽章を受け取るがよい」


 すると、天井から銀の丸みを帯びた聖徒殿の儀式用に使われる聖杯が垂直に下りて来た。

 杯の中には黒と金で精巧に細工された指輪と双頭の巨人(ゾルベット・トール)の眼を象った金証四つが納められていた。

 ラザは無感動な面持ちでこれを身につけた。


「これで僕が長ですか」

「そうじゃ」

「拘束されないのですか」

「そなたは最後の長を務める者。実行者。私たちは“盾”を守るが務め。そなたに託すが役目。これから先はそなたがすべて負うのじゃよ」

「あなたにならば、答えていただけそうですね」

 

 言って、ラザはマリメダの周囲を徘徊した。

 天井も奥行きもはっきりしない空間。

 だが、造りとしては礼拝堂と聖廟を兼ねているようだった。

 闇に沈んではいるものの、多くの棺が並んでいる。

 おそらく歴代の主長(ギャス・レイ)の亡骸が納められているのだろう。

 中でもラザの注意を惹いたのは、それらとは別のものだった。

 一枚の絵が透明な箱に厳重に密閉された状態で黒い台座を土台として置かれていた。

 描かれていたのは、大勢を集めた人物画だった。

 不思議と興味をそそられ、ラザは絵に見入りながら訊ねた。


「ここは奈落の底ですか」

「聖徒殿の最深層じゃ。チーテス海底谷とほぼ同じ深度にある」

「青い球体、あれはなんです」

「あれが“盾”じゃ。“方舟”を守るもの。ひとという種の頼みの綱。私たち聖徒の存在意義のひとつ」

「存在意義?」

「そうとも。創世の時代より受け継がれてきたもの。王家の血と共に」

王家、と聞いてラザは厳しい眼を上げた。マリメダを振り仰ぐ。「どういうことです」

 

 マリメダは高みからラザを凝視した。

 心の奥まで探るような眼が、ふっと陰る。

 

「なにも知らないのだね。そなたのまわりには秘密に連なるものが大勢おっただろう。それでも誰もなにも打ち明けぬとは、ふふ、そなたは愛されておるようじゃの」


 ラザの脳裏に、時間をくれと懇願したレニアスが過る。

 だが敢えて無視した。


「謎かけはうんざりです。僕がなにを知らないんです。いったいなにがどうなっているんです」

「百聞は一見にしかず。そなたが知りたいのであれば、教えよう。その脳列の最後尾のものに手をおいて眼を閉じるのじゃ。固くならず、呼吸を整えて、心を鎮めよ……」

 


 あっけなくも、ついに、ラザが聖徒殿主長に任命されてしまいました。

 次話、ラザの見る過去編です。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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