妻はひとりでたくさんだ!
王子ディックランゲア、登場です。
そして王子命! の政務官アレクセイがもれなくついています。笑。
ローテ・ゲーテ王城。
王子の政務執務室。
「私は逃げる」
「この私から?」
アレクセイは凄んで切り返した。
琥珀の瞳が苛烈に光る。
長い金髪はゆるく束ねられ、政務官の藍色の制服制帽は涼しげな容姿をいっそう端正に際立たせていた。
王城は、七宮から成る。
王都スライセンのほぼ中央に位置し、実務主義の見本のような建造物群である。
中央に王の主宮があり、周囲を深い掘りで囲われている。
その主宮から続く六つの舗装道路がそれぞれ六宮に直結している。
六宮とは、政治・外交を司る政務宮。
国庫を仕切る財務宮。
司法を守る裁定宮。
国軍を有し警備責任も兼ねた軍事宮。
諸外国との交渉・仲介・折衝・相談その他雑務を一手に担う外務宮。
そして国教である欲望と報復の神ナーランダーを奉り祭典・式典の一切を執り行う聖徒殿である。
このうち国民に門扉がひらかれているのは裁定宮、軍事宮、外務宮、聖徒殿の四宮で、主宮の正面に軍事宮、東に裁定宮、西に政務宮、背面に聖徒殿があった。
六宮にはそれぞれ専属色があり、宮に勤めるすべての役人には制服制帽が支給され、着用が義務付けられていた。
政務宮は藍色、財務宮は茶色、裁定宮は浅紫色、軍事宮は深緑色、外務宮は赤色、役人ではない神の僕たる聖徒殿は青と白の聖服聖帽が完全常用されている。
役職の等級は九段階で、双頭の巨人の眼を模した銀証で位は示され、数が多ければ多いほど高官である。
九位以上は金証となり、それは各宮において重責にある立場を示す。
最高位、つまり各宮の最高責任者は四つの金証を有している。
アレクセイ・ヴィトラは金証三つの実力者で、事実上政務宮をまんべんなく取り仕切っている。
だが。
「……そんなことができるとでも? ふふふ、いいですよ。逃げてください。地の果てまでもどこまでも、ず――っと追って差し上げます。ふはは、それもまた愉しそうだ……!」
「ちが――う!」
「え、違うのですか? ……ちっ」
「……おまえから逃げられるなんて思っちゃいないよ」
「そうですよね! 私と王子は仲良しですから、棺の中まで一緒ですよね! ねっ!」
そんなの死んでもお断りだ。
と、思ったものの、ローテ・ゲーテ国第一王位継承者、王子ディックランゲアはぐっと堪えた。
いまはこの男の協力が必要だ。
「私とラールシュティルダーの……つまりリーハルト叔父貴の姫との結婚の儀が近いことは、おまえも知っているな」
「もちろん存じています。あれですよね、生まれながらの婚約者でありながら、いっぺんも顔をみたことがなくて、おまけに病弱を理由に何年も延々と儀式の日延べをされ続けているお相手ですよね。すごい美人だとも、すごいブサイクだとも噂ですが、どうなのでしょうねぇ。私としては――」
「美人でもブサイクでもいい。かの姫君との結婚は私の義務なのだからそれはいいんだ。だが、いくら私が王子で、多夫多妻の我が国柄とはいえ、他に九人もの花嫁をいっぺんに娶るとは聞いていないぞ」
「おめでとうございます、王子!」
「ちが――う! 私は嫌だと言っているんだ!」
「えっ。お嫌なのですか。どうしてです。たくさん娶ってたくさん子供を産んでもらえばよいではないですか。私、王子の子供でしたら何人でも可愛がります。頑張ります!」
「妻はひとりでたくさんだ! 十人もいらん! このくそ忙しい大事な時期に、女にうつつを抜かす時間がどこにある。それでなくとも頭が痛い問題が山積みで――話が逸れた。聞いてくれ」
「はい、王子」
「つまり、いま応接間に他九人の嫁候補が集結している。私は会わずに逃げる。それで、だ。あとのことをおまえに任せたい。おまえだけが頼りなんだ」
あえて、おまえだけ、を強調して声高に言う。
たちまち、アレクセイの眼の色が変わった。
「……もう一度言ってください」
「おまえだけ、が頼りだ。私がいま頼れるのは、おまえしか、いないんだ」
おまえだけ、おまえしか、とくどいようだが繰り返す。
ぱあっと満面笑みで、次の瞬間、アレクセイは陥落した。
「やります」
「いずれも丁重にお断りしてくれ」
「お任せを」
「よし、物わかりのいい臣下をもって私はシアワセだよ。いつも迷惑をかけてすまないが、おまえは迅速で有能でカンペキだから私も安心して甘えられるんだ」
アレクセイは胸を張った。
「そうでしょうとも! 私は迅速で有能で完璧ですからね! なんでも私に言ってください! なんぼでも甘えてください! なんっでもやりますから!!」
王子はアレクセイの肩に手をかけた。
「私は城下町に出かけて来る。なんとしてでも再来月の世界会議開催までに“公主”を見つけ出さねばならん」
「ええっ。王子が自ら捜されるのですか?」
「仕方ないだろう。王はまったくその気がない。会議の主催国である我が国が“公主”不在などと、体裁が悪いことこの上ないじゃないか。それに……首を長くして待っているものもいるのだ、放っておくわけにはいくまい」
「あてはあるのですか」
「――まあなくもない、が、あてというほどでもない」
アレクセイはちょっと考えて言った。
「やみくもに捜されても時間の無駄です。ここは、城下町に詳しいものの力を借りた方がよろしいでしょう。リーハルト様の書記官でキースルイ殿のお嬢さんがカスバで観光客相手の商売をしているはずです。お力を借りてみてはいかがですか」
「そうしよう」
「もうそろそろ会われてもよろしいかと思います」
「え? なんだって?」
「いえ、なんでも」
王子は怪訝そうに眉をひそめた。
アレクセイが丁寧にお辞儀して、言った。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
ストイックな王子ですね。せっかく十人のお妃がもらえるってんなら、もらっとけばいいのに。と、私は思います。それも美人揃いなら言うことなしじゃないですか。逆でもスバラシイと思います。逆ハー。あ、それもネタになりそう。
次話、王と王弟登場です。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。