千里眼
連続投稿いきます。
お時間のある方、おつきあいください。
「早いんだよ。俺はもう少し身を潜めている予定だったのに、おまえと来たら……まあいい。来るがいい、どのみち避けて通れぬ道だ。会ってもらおう、主長に」
「誰が主長に会いたいと言ったんです。僕はあなたに会いに来たんですよ。ジリエスター公、ヒューライアー公に次ぐ、創世神話に記される四公主がひとり、ロキス・ローヴェル公と同一の名のあなたにね。そして、千里眼と呼ばれる男。リアリの語学教師だなんて、センセイなどと呼ばせて、よくも偽って家にまで上がったものです。あなた、いったいなんの目的でリアリに近づいたんです。それに」
「それに?」
「あなた幾つです」
千里眼――ロキス・ローヴェルは屈託なく声を上げて笑った。
「年齢など忘れたな。死も老いも俺を蝕むことはできない。俺はただ、生きて、導くだけだ。そのためにヒト遺伝子を組み換えられた――父の手でな。もう何千年も前の話だ……」
「荒唐無稽も甚だしい作り話ですね」
ラザは扉に近い壁に凭れかかり、ミシュラハの中で腕を組んだ。
「でも聴くだけ聴いてもいいです。続きを。できればはじめから」
だがロキスは否定的にかぶりを振った。
「おまえがすべてを知る必要はない。知ったところでなんになる? 苦悩が増えるだけだ。だが、知らねばならないこと、知る必要のあることも多い。主長に会え」
「嫌です」
「強情だな。ではこうしよう。俺はおまえの問いに答える。答えに納得したら、俺につきあえ。納得しなければ、今日は俺が諦める。どうだ?」
ラザは微塵も取り合わなかった。
「あなたが僕の質問に答えるんです。きちんと答えれば見逃してあげます。答えなければ首を斬り落とします。それでどうです?」
「おいおい」
「僕、いまとても機嫌が悪いんです。それ以上つべこべ言うなら殺します」
ロキスは額に手をやって前髪を後ろに梳いた。ややあって、「仕方ねぇなあ」と溜め息まじりに呟く。
「訊きたいことって?」
「あなたが千里眼だというのは本当なのですか」
「千里眼って名称は、誰かが勝手につけたんで俺がそう名乗ったわけじゃない。だが俺の眼に“未来”が視えるのは本当だ。“予知視”という“力”だ」
「リアリにどんな予言を与えたのです。聞けばその予言のためにリアリは実母から引き離され、里子に出されたというじゃないですか」
「里子に出したわけじゃない!」
いままで黙っていた王弟リーハルトが声を荒げた。
「預けたのだ、やむをえなく」
キースルイがいたたまれなさそうに顔を顰める。
「まあ、そのおかげで僕はリアリに逢えましたけどね」
「……幸せだったか?」
「もちろんです」
「それを聞けば、シェラチェリーア殿も少しは慰められよう。あの御方にはすまないことをしたからな」
「……シェラチェリーア?」
「姫の実母だ。十九年前、俺はシェラチェリーア殿の腕から生まれたばかりの赤子を取り上げ、引き離し、おまえたち兄弟のもとへ託した。健やかに絆を結べるよう、計らったのだ。互いが互いの無条件で愛し愛される存在となるように、来るべき“時”に備え、確実に記憶が戻るように、覚醒を果たせるように、俺が仕組んだのだ」
ラザはロキスの襟首を鷲掴みにして引き寄せ、満身の力を込めて鳩尾に一撃を食らわせた。
「……とりあえず、リアリの代わりに殴っておきます」
ロキスは吐いた。
そのまましばらく床にのびていた。
「……姫に与えた予言は本当だ」
ロキスは眼を瞑り、口に残る吐瀉物をもう一度吐いてから言葉を継いだ。
「『大変な星の下に生きる運命にある』と。『数多の禍が星を蹂躙し、ひとたる種の終焉は間近に迫る。それを防ぐ手立てはもはやない。近く怒れる大地が口をあけ万物一切をのみこむであろう。だが、ひとでありひとでなきものたちが大いなる翼をひろげるとき、わずかな希望は託される。絆の“力”によって。率いるはこれなる娘。“光輝きたるもの”』」
“光輝きたるもの”――
神々しい言葉であるにも拘らず、なにか悲劇めいた予感に胸を衝かれる。
ラザはまだ大の字になって動けないロキスの傍に膝をついて屈み込んだ。
「……だいそれて不吉な予言ですね。それ、撤回してください」
「無理だ」
「だいたい、具体的になにが起こるというんです。『数多の禍』とはなんです?『ひとでありひとでなきものたち』とは? リアリと、誰を指すんです? もっとわかるように説明しなさい」
「……それは」
ロキスの唇が動く。
だがよく聞き取れない。
もっと近くまで寄ったそのとき、ロキスの指先がラザの膝頭に触れた。
「主長に訊け」
抗う間もなく、ラザはもっていかれた。
かすかな眩暈に視界が歪曲し、気がつけば、別の場所にいた。
物語が中盤山場です。
内容が混迷するため、間を開けずにいこうかと。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。