氷の微笑
王と王弟と書記官と、更に。
厳しい沈黙が落ちた。
「シュラ、ライラ、マジュヌーン」
名を紡がれた男は跪き、砂漠虎ニ頭は伏せた。
「あなたがたには失望しました。いまをもってリアリの警護の任務を解きます。以後、僕の前に顔を見せないでください」
「ちょっと……待ってよ、ラザ!」
「レニアス、リアリを例の場所へ。僕が戻るまで傍についていなさい」
さっき離れないと言ったばかりなのに、とは言わなかった。
レニアスは不承不承頷いた。
「わかった」
「リアリ」
ラザは身を屈め、リアリの耳元に口を寄せた。
「夕方までには会いに行きます。そのときあなたが不在だったら、城下町の住人をひと呼吸ごとにひとり殺します。それが嫌ならば、おとなしく僕を待っているんです」
「でも」
「ここは黙って言うことをきいたほうがいいって、お嬢」
「だって」
「逆らうな。じゃねぇと、いまあいつら全員瞬殺でやられちまうって」
リアリはぞっとした。
仰ぎ見たラザの片眼は無表情で、光がなかった。
明灰色の瞳の奥にひろがる孤高の闇。
あまり見ることは少ないけれど、“仕事”に携わるときのラザの眼だ。
纏う空気は紅蓮の炎のように激しく、虚無の如く深淵で、怖い。
どこまで、聴いたの?
とは、訊けなかった。
リアリは恐怖した。
ラザには、なにも知られたくない。過去のことなど知ってほしくない。
そう思っていたのに。
ラザはリアリとレニアスを置いて、シュラーギンスワントとライラとマジュヌーンの前を一瞥もなく、ただ通り過ぎた。
そのまままっすぐに、王の執務室にいった。
ローテ・ゲーテ国王リウォードは王弟リーハルトと王弟書記官キースルイと共に無断で入室を果たしたラザを、別段驚くこともなく迎えた。
「やはり来たか」
「また来ました」
ラザは微笑した。
氷の微笑である。
「今度は首を絞めてでも答えてもらうと、僕、言いましたよね。覚悟はいいですか?」
リウォードは揶揄するように書記官をつついた。
「キースルイよ、貴様の息子は恐ろしい男だな」
「はい、自慢の息子です」
肩を竦めてリウォードは席を立ち、執務机をぐるっと回ってラザの前を通り、小卓の上の水差しを持ち上げてグラスに水を注いだ。
「用はなんだ」
「千里眼がここにいるはずです。呼んでください」
「会ってどうする」
「予言を撤回させます。ついでに王子とリアリの婚約も解消していただきましょうか」
「欲張りな男だ」
リウォードは喉を潤し、水差しの横に置かれた呼び鈴を振った。
「そなたはどこまで知っておるのだ」
「なにも知りませんよ」
「色々と嗅ぎまわっていただろう」
「そんなこと、僕が口を割ると思います?」
「可愛げのない奴だ。親の顔が見たいものだな」
リウォードの皮肉などまったく意に介さず、キースルイは平然と構えて扉にいった。
気配を窺いながらゆっくりと開ける。
ラザは入って来た人物の顔を確認して文句を言った。
「遅いですよ、千里眼」
次話、千里眼登場。またのちほど。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。