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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第八話 聖徒殿(ビリー・ヴァ・ザ・リア)
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慟哭

 ラザとリアリとエルジュです。

 エンデュミニオンとリュカオーンとオランジェの図です。

 二人の男と、一人の女。うーん。見ものですね。

 

 勝手知ったる王城の、王を訪ねる前に、ラザは営業中のアンビヴァレントに寄った。


「リアリ様は席を外されてます」


 と、応対に出たベスティアは丁寧に述べた。


「ディックランゲア王子に御用があるとか」

 

 それを聞いて、即座にラザは踵を返した。

 だが、ベスティアが引き留める。


「ラザ様。あの、リアリ様はペトゥラ遺跡から戻られてからちょっと様子がおかしいです。

 昨夜は急に具合が悪くなったとかで、カイザ様が連れ帰ってくださいましたが、失神しておりました。いつもでしたらよほどの理由がない限りお店を休むのは嫌がるのに、今日なんてほとんどわたしたちに任せきりでどこか上の空ですし、それに、リアリ様だけじゃありません。

 カイザ様もお仕事をしばらく休業するそうですし、エイドゥ様なんて工房を閉鎖しただけじゃなく、工具まで封印されました。

 ルマ様とキースルイ様はここしばらくお留守ですし、ロキスセンセイも数日前に知人宅にお邪魔するとおっしゃって以来音信不通。

 いつも夕食は皆でとっていたのに近頃は……なにか、変です。なにが起きているんでしょう? わたしに、わたしたちに、できることはありませんか?」

「いまはアンビヴァレントを守りなさい。あなた方の力が必要になったときは呼びます」

 

 ラザはベスティアを宥めるしぐさをした。


「他はともかく、リアリとカイザのことは僕が引き受けます。またなにか気がかりなことがあれば逐一報告を。ところで、王子はどこです?」


 いま時分であれば執務室だと教えられ、そこへ向かった。

 ところが、西側の階段を上り、まっすぐな回廊をだいぶいって、突きあたりを曲がろうとした先から、リアリの少し語尾が上ずった声が聞こえた。

 緊張と苛立ちが含まれている。

 ラザは足を止めるのと気配を消すのを同時にこなし、レニアスもこれにならった。


 リアリは振り返って、ルクトール王エルジュを不機嫌そうな眼で見据えた。


「なぜついて来るの」

「おまえの傍を離れたくない」

「やめてよ。ここは王城なのよ。どこで誰が見ているかわからないじゃない。あんまり親しくしないで」

「ずいぶんとつれないではないか。おまえの覚醒を一日千秋の思いで待ち侘びていたこの私を、袖にしようというのかね」

「……覚醒したからといって、あんたの恋人になるわけじゃない。どうしてそこまで私に執着するの」

「おまえを愛しているからだ」

「それ、やめて。だいたい、あんたの愛していたのはリュカオーンでしょう。リュカオーンは死んだわ。あの日――“道”を封印して、最後に……ジリエスター博士に見届けられて、死んだのよ。あんたの愛した女はいないわ。私はリュカオーンじゃない」

「リュカオーンでなくともいい。なぜなら、私が惹かれているのは、おまえだからだ」

 

 リアリは虚を衝かれて息を呑んだ。

 エルジュの静かに落ち着いた黒い瞳は真剣で、疑いようもなく本当のことを言っているとわかった。


「はじめは過去の妄執だった。それは認めよう。私はリュカオーンの転生体であるおまえを、是が非にでも手に入れたかったのだ」

 

 エルジュは腕を組み、顎を僅かに俯けて、クスッと笑った。


「だが、すぐにおまえとリュカオーンがまったく別の人間だと気づかされた。なにせおまえときたら、凶暴すぎる」

「ちょっと」

「それに喧しすぎる。人使いが荒くて、厚かましくて、恩着せがましくて、悪辣で」

「殴られたいの?」

「威勢が良くて、働き者で、情に厚くて、勤勉で、親切で、美しさを鼻にかけない。気がつけば、眼が追っている……愉しいのだよ、おまえをみていると」


 深い艶のある声にほんの少し照れが混じり、聞いているリアリの方が恥ずかしくなった。

 リアリはシュラーギンスワントとライラとマジュヌーンを脇へ下がらせた。

 かける言葉を探しあぐねて黙っていると、エルジュが不意に真顔になって訊ねた。


「おまえが選んだもうひとりのエンデュミニオンは、覚醒の余地はないのか?」


 ラザのことを言っているのだ。

 リアリはかぶりを振った。


「……覚醒なんてしなくていい。リュカオーンのことなんて、なにも知らないままでいいの。なんのしがらみも、制約もなく、ただ心のまま私を選んでくれたことが大事なのよ……」

 

 エルジュの眼が、もの思わしげに歪む。


「おまえは、リュカオーンを厭うているのか? 前世の記憶など、なければいいと? エンデュミニオンのことも、この私のことも、思い出したくなかったと……?」

「そうは言ってないわ。皆のことは懐かしいし、思い出せて嬉しい。それに、いまこの危機のことを考えると、なにも知らないままでいたかったなんて思えない。できることがあるはずよ。私たちでなければできないことが。だってそのために転生した――」

「そうではない」


 エルジュはリアリの言葉を激しい声で遮った。


「誰が他の者どものことを言った。私は、私たちのことを訊いているのだ。話を逸らすな」

「別に、逸らしてなんて――」

「聞け。一度覚醒した以上、なにも知らなかった時分には二度と戻れない。おまえが望むように、無垢のままには愛せないのだ。私はどうすればいい」

「……諦めて」

 

 残酷なことを言っている、と思った。

 リアリは、エルジュの闇の底を覗きこんだことが一度ならずあるだろう黒い双眸から眼を逸らさずに、もう一度繰り返した。

 エルジュの瞳孔に悲愴な影が奔ったのも一瞬で、手首を掴まれ、ぐっと力任せに引き寄せられると、回廊の壁に押しつけられた。


「諦めろ、だと?」

 

 声音は重く、怒りと慟哭にみちていた。


「なぜそんなことが言えるのだ? こんなにもおまえを想っている私に? 前世では結局のところ体のいい慰め役に過ぎず、報われぬ思いを抱えたまま転生したいまも、私はそれ以下の存在にしかなれぬと? 傍にいることも、見つめることすらも許されないのであれば、私の命にどんな価値があるのだ」

「痛いわ。放して」

「なぜエンデュミニオンなのだ」

 

 エルジュはリアリに覆いかぶさった。喉の奥が戦慄(わなな)いて呟きが嗚咽のように響く。

「なぜ」


「離れなさい」

 

 語気冷やかに言い放ち、ラザが音もなくすっと二人の前に現れると、リアリははじめ呆気にとられ、ついで一気に蒼褪めた。


 連続投稿、いきます。

 時間の許す皆様、どうぞおつきあいくださいませ。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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