王への用事
胡散くさい男、ハイド・レイド登場、そして退場。
ラザをからかうなんて、たいしたばか男ですね。笑。
阿鼻叫喚、にはならなかった。
たとえ敵わぬ相手でも、任務とあっては一命を賭すのは必須。
退役しても元聖徒である。
任務の前に保身はない。
実力差は明らかであったがそれでも彼らは退かなかった。
ラザとレニアスは容赦なく次々に葬っていった。
路地裏は血臭がむっとたちこめ、血溜まりに足裏がぬかるんだ。
死体と肉塊が点々と散らばり、白昼にあっては異様な光景である。
「終わりか。ラザ、怪我はねぇか?」
「まだです。あとひとり、残っています。出て来なさい、ハイド・レイド」
様子見に徹していた最後のひとりが現れた。
物陰から、そろっと顔を出す。
ひょろりと長身。顎ひげを僅かに生やしているものの、年齢不詳。長い金髪は根元で束ねられ、やや垂れ眼の琥珀色の瞳は人懐こく、ごく一般的な白のタウブを纏って同じく白の被りものを身につけている。
「やあ、昨夜ぶりだね。今日も逢えて嬉しいよ」
「僕はこれっぽっちも嬉しくないです。やるんですか、やらないんですか」
「卑猥な台詞だなあ。美しい君にそんなことを訊かれたら思わず寝台に連れ込みたくなっちゃうよ。行っちゃう?」
「ああ、成程。死にたいんですね。そうですね。そうでしょうとも。死んでください」
「ははははは、冗談冗談。相変わらず過激だなあ。たまらないなあ。君をこの手で縊り殺せたらどんなに快感だろう。きっと君は最期のときまで美しいに違いない。おっと」
ラザとレニアスはほとんど同時に左右から攻撃を仕掛けた。
だがハイドは人間離れした跳躍で難なくこれを逃れ、建物の壁を蹴り方角を変え、屍を避けて着地した。
「短気は損気。早い男は嫌われるよ、レニアス。あ、ラザ、君はいいんだ。早くても回数をこなせば盛り上がるからね。頑張ろう。ところで少しやつれた感があるね。どこかの誰かに変なことでもされたかな? まさかそこのでくのぼうと一戦交えたとか言うんじゃないだろうね? いけないよ、相手は選ばなきゃ。悪い病気でも移されたら大変じゃないか――っととっとと。そんなにいっぺんにナイフを投げられたらあたっちゃうよー」
「あなた本当に死んでください」
「あっはははははは、怒った顔もまた麗しい。仕方ない、今日は少しお疲れ気味のようだし、美しい君を見られただけで満足するとしよう。じゃあね、退散するよ。ああ、別れを惜しむことはない。またすぐに逢えるから。それじゃあ、またね。君の、大切な姫にもよろしく」
遊び人さながらに投げキスをして、悠々と去っていくハイドにラザは最後のナイフを投じたが、あっさりと受け止められた。
そして手を挙げ、ひらひらと振りながら角を曲がり、猫背の姿が見えなくなった。
「……なんだ、あいつ。奴はなにしに来たわけ?」
「知りませんよ。あの男の頭の中はさっぱりわかりません。ああして僕を、この僕をからかっては去るんです。攻撃するわけでなし、気がつけばそこにいて、ああ苛々する……っ」
「あれで凄腕の殺し屋だってんだからなあ。人格は能力とは別ものだよなあ……って、あれ、ラザ本当に顔色よくないな。もしかしてあまり寝てねぇんじゃねぇの?」
額に伸びてきたレニアスの手を鬱陶しそうに払って、ラザは刃を拭った月刃刀を鞘に戻し、聖服の内側のもとの位置に装着した。
ラザは前髪を掻きあげた。
横を向いてハイド・レイドが消えた方角を見やる。
「レニアス」
「ん?」
「聖徒殿のっとり計画を一時中断します。君は僕の警護を外れリアリを護りなさい。さっきのハイドの最後のあの台詞……なんだか気になります」
「いやだ」
レニアスはきっぱりとかぶりを振った。
「お嬢は大丈夫だ。カイザだってシュラーギンスワントだっているし、ライラとマジュヌーンもついている。いま一番危険な身の上なのはラザだろう。今後は、俺、ラザから離れねぇよ。絶対に。ってか、この前もそうだけど、なんで俺をおいていくの。どうして護衛の俺が留守番なの」
「君のおかしな病気がその理由です」
「あ、やっぱり。治せればなあ、いいんだけど。一応、善処するよ」
「僕の顔もまともに見れずになにをどう善処できるんですか」
「善処する、善処する。大丈夫、大丈夫。やればできるって。誰の顔も見なきゃいいんだよ。さってと、そろそろ行こうぜ。王に用があるんだったよな? なんの用?」
「……君は何気にひとの言うことをききませんよね。その根拠のない『大丈夫』が通じるとでも思っているんですか? リアリにもしものことがないと、なぜ言い切れます? 僕よりリアリを護りなさい。なにがあっても眼を離さないように、いいですね」
レニアスは腰に手をあて、ふーっと吐息した。
「……根拠はある。お嬢は……多少のことなら、大丈夫だよ。本当に。それにもしも一大事なことがあって、人手を必要とするなら――俺は一瞬で行ける。さっきみたいに……」
レニアスは言葉を濁した。
「……それで、王に用事って、なんだよ?」
ラザは無言で腕を持ち上げた。
すぐにスラムの少年のひとりが密集する集合住宅群のひとつから飛び出して駆け寄ってくる。
手には白いミシュラハが二人分用意されている。
これを受け取り、ばさっと肩から羽織りながら、ラザはここの後始末とリアリの周辺警護を三倍に引き上げる指示を出した。
「千里眼の正体を、突き止めました」
ラザはレニアスに背を向けたまま続けた。
「十九年前、リアリにおかしな予言を下した者です。それを撤回させるため、いまから王城へ行きます」
「王城? じゃ、なんで直の専用通路使わねぇの。わざわざ遠回りしなくてもさ」
「町の様子を見たかったんです。いまのところ、変わったところはなかったですね」
ラザの言葉にレニアスはぎくりとし、喉を引きつらせた。
眼が泳ぐ。
「カイザが、突然大量の帆船を造りはじめたそうです。君、知ってました?」
「ああ、あ、いや……知らなかった」
「そうですか。実は、他国でも同様の動きがあるようです。船ばかりそんなにたくさん用意してどうするんでしょうね」
途端にしどろもどろになるレニアス。
意味不明に十指を動かす。
だがラザの追及はそれきりだった。
次話、王城へ。
エルジュとリアリです。あの夜の続き?
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。