白昼
ちょっと惨状場面があります。苦手な方は、ご注意を。
観光客やら物売りやら仕事人やらでごったがえすこの時間帯は、表通りは馬や馬車は通行止めになり、人の往来でいっぱいになる。
一歩道を逸れて裏通りに入ると、国際色豊かに賑わう表通りに比べ、こちらは地元の生活空間があった。
年配者が軒先で椅子に腰かけゆったりと水煙草を吸っている。
子供たちが犬を相手にじゃれている。
洗濯や掃除をする者、店を商う者、喧嘩をする者、様々に活気づいている。
だが、聖徒の恰好をしたラザの姿を一目見つけると、だいたいがさっと逃げた。
或いは顔を伏せて見ないふりをしていた。
ここはスライセン。
ローテ・ゲーテ王リウォードの膝元であり、聖徒殿の真の姿を知らない者は生きてはいけない場所である。
ましてや相手は。
「またかよ」
レニアスはうんざりした。
囲まれている。
狭い路地裏が気配のない気配でひしめいていた。
「懲りないなあ、おたくらも。卒殿者が現役にかなうわけねぇだろう。みすみす死に急ぐだけだっていうのがなんでわからねぇかなあ。ったく、俺たちにかまけている暇があったら聖徒殿へ行けよ。今頃は大変だろうから、人手なんていくらあってもいい――あ、そうか。それであいつを放っておいたのか。ちょっとでも注意を逸らすためだったんだ、なんだそうか。それだったらそうと」
「君は口数が多すぎます」
ぴしゃりと制して、ラザは一人目を斬り伏せた。
両手に握る剣の柄は短く、刃は肘から手首ほどと長く、細く鋭い尖端はやや反っている。月刃刀と呼ばれる武器である。
襲撃者は二十名足らず、まちまちの恰好、まちまちの武器を手に携えて、片眼に眼帯、研磨された殺気を纏い、明らかに二人の命を狙っていた。
「それに説教するだけ無駄です。このひとたちは僕がリアリから手を退くまではお役御免にならないんですよ。決して、ね」
ラザの含みを孕んだ口調に疑念を持って、レニアスははたと思い至った。
「……おい、ちょっと待てよ。まさかローテ・ゲーテの外でも襲われたのか? 俺がついていかなかった間もずっと?」
ラザは刃に滴った血を空に切って、ゆるやかな所作で両腕を胸の前で交差した。
「聖徒殿の敷地内とリアリの傍にいるとき以外は暇なくこうです。リアリの身元が公に知られてからというもの、ひっきりなしです。僕が気に喰わないんでしょう。まあ、僕もこんな職についていますし、恨みつらみを買うのはなんでもないんですけど……ちょっと面倒くさくなってきました。僕、ただ働きは大嫌いです。仕事以外でこんな無駄な労力をつかいたくないんですよね」
「許せねぇ」
レニアスは月刃刀より刃の部分が幅広で重量のある斬撃刀を楽々と操った。
身を沈め、一番近くの二人との距離を一気に詰めて有無もなく腹部を刺し、そのまま斜め上に引き裂いた。
鮮血が噴く。
臓腑がこぼれる。
それを抑えようとする手。
赤く染まる。
傾ぐ身体。
死角から襲う回し蹴り。
地面に打ち倒される。
更に垂直に落とされた踵でだんっと踏み潰され、肺が破裂、真っ赤な吐血で顔が汚れる。
既にこの時点でこときれていた。
「粛清だ」
憤怒が声にどすをきかせている。
レニアスの眼の色が狂気を宿して変わっていた。
「どんな理由があろうと、ラザに手ェ出す奴は俺が捌く。半殺しのまま内蔵引き摺り出して火で炙ってぶった斬って口に突っ込んでやる。さあ来いよ」
「やれやれ。君の処刑は残酷すぎます」
「はあ? これでもまだ温いだろうが。だいたい、こいつらが悪い」
ラザは肩を竦めて無駄口をきくのをやめた。瞬きをひとつする。
明灰色の瞳が静かに深く暗く沈む。
気配が絶たれる。
機敏に斬り込む。
月刃刀が最小限の無駄を省いた動きで振るわれる。
対する襲撃者の方もただものにあらず。
このラザの攻撃によく反応し、紙一重で避け、迎撃に出ようとした。
ところが、手首から先がない。
見ると、地面に落ちている。
他にも、耳が二つと鼻がひとつ。
否、手首も耳も鼻も断続的に増えていった。
銀の細刃が流麗に閃く。
いくつもの小さな浅い弧を描き、その都度肉片が斬り落とされていく。
圧倒的な速さで。
明灰色の髪がふわ、と靡く。聖服の裾が翻る。
浴びた返り血が鮮やかな刺繍の如く胸に咲く。
ゆるく、官能的な、至上の舞のような緩急のついた動き。
その静と美。
加えてほぼ防御不可能な高速攻撃。
一度標的にされたが最後、逃れられない。
一瞬にして永遠の死が待ち受ける。
最高の暗殺者であると同時に最強の殺戮者足り得る、聖徒の中の聖徒。
紛れもなき、聖徒殿の申し子、ラザ・ダーチェスター。
ラザの、というか、聖徒の裏の顔でした。
連続投稿いきます。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。