お礼参りへ
ラザとレニアスです。レニアス、自業自得ですね。笑。
「好きなんだ」
場の空気が凍結する。
クナウド、ハートレー、ミザイアの三名は即座にまわれ右して耳を塞いだ。
ヒューライアーはぽかんとし、ラザといえば絶句して、真っ白に燃え尽きていた。
ただレニアスの熱い声だけが湿っぽい土牢に響き渡った。
「大事なんだ。ずっと望んでいた場所なんだ。失いたくない」
ラザの首に、一層強く絡む腕。
肩に埋められる顔。
レニアスは囁くように呟いた。
「……守りたいんだ、皆」
衝撃からやや我に返って、ラザが困惑を込めて訊き返す。
「……“皆”?」
「ああ。キースルイおじさんもルマおばさんも、アンビヴァレントの連中も、城下町の住人も、聖徒殿の奴らも、できるなら、スライセン――いや、ローテ・ゲーテの民全員を」
禁じられた同性への愛の告白――ではなくて。
ラザの片眼が赤い怒りに滾った。
口元が大仰に歪む。そして、
「ふふふふふふふふふふ」
「な、なんだ?」
「ふははははははははははっ。あっははははははははははははは。は! は! は! は! はー」
「ラ、ラザ……?」
「まぎらわしい」
「え、なにが」
「ちょっとそこに座りなさい」
「うん?」
首を捻りながらもおとなしく従ったレニアスを冷やかに見下ろして、ラザは凶悪至極の嗤い顔を披露しながら、彼の脳天めがけて片足を振り上げた。
そして気が済むまで制裁を加えたあと、「ああ気持ち悪かった」と言いながら服装を正した(ラザがあまりに喜々として殴る蹴るの暴行を加えていたので、クナウド、ハートレー、ミザイアの三名は止め立てすることはできなかった)。
「……俺がなにしたの」
「あらぬ誤解を招くような発言をした君が悪いんです」
「だからって顔を踏まなくても」
「殺されないだけましでしょう。いつまで無様に転がっているんです、さっさと起きないと止めを刺しますよ」
そう言い捨てて、ラザは踵を返した。
「あのう、僕はどうなるのー」と、ヒューライアー。
「知りません。あなた結局なにも話してないじゃないですか。僕があなたを解放する理由はないです」
「ええええっ」
「逃げたいなら自分でどうにかしてください」
「でも僕、勝手に“力”を使うの禁じられているんだけど。絶対絶命、もうだめだーっていうときにしか使っちゃいけないって、王様が」
「それなら仕方ないですね。そこにいなさい、ずっと。僕はそのルクトール王にも用があるのでもう行きます」
「え、王様になんの用事?」
「お礼参りです。リアリに手を出した男はもれなくぶっ殺します。例外はありません、悪しからず」
ぎゃあぎゃあと騒ぐヒューライアーをそのまま捨ておいてラザは土牢から書庫へ戻った。
出迎えた司書に理由をうやむやのまま一時退避命令を出し、表へと出る。
外は眩いほどの明るさにみちていた。
薄暗がりから急に日向へ出たので視界がかすみ、ラザは額に手を翳した。
空は快晴、雲は安穏と浮いている。
巡礼に訪れた信徒と鳩の群れが溢れる聖徒殿前の広場を、長身の二人がすたすたと横切る。
つかず離れずの距離をおいてラザの影に就くレニアスが訊ねた。
「どこ行くんだ」
「王城です」
「ヒューライアーへの用件はもういいのかよ」
「よくないですが、君の突拍子もない言動に気が削がれました。仕方ないので二十一公主の件はあとでいいです。君を吐かせるなど朝飯前のことなので」
「そ、そうか。あとでいいのか。よかった」
レニアスは単純に胸を撫で下ろすしぐさをして、ぱっと顔を輝かせたのだが、すぐに渋面をつくった。
「あ、あのさラザ、ヒューライアーなんだけどさ、奴をあのまま放っておいたら――」
最後まで言い終わらないうちに急な地響きが轟いて、レニアスが嫌な予感と共に振り返った、まさにその目前で、物凄い音をたてて聖徒殿の本殿とは別棟のちょうど書庫のある建物が完全崩壊した。
俄かに辺りは騒然となった。
悲鳴や怒号がけたたましく飛び交い、方々から人々が血相変えて走っていく。
レニアスはその場に突っ立って唖然としたが、ラザは足を止めることなく行ってしまった。
それに気づいたレニアスが聖徒殿の門のところで追いつき、「なあ」と呼びかけた。
「もしかして、わざと? あいつを煽ってあんなことやらかせるように仕向けたのか?」
ラザは返事をせず、歩調を緩めることなく門を抜け、スライセンの雑踏へと入る。
次話、ラザ襲撃される、の図です。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。