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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第八話 聖徒殿(ビリー・ヴァ・ザ・リア)
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絶対服従

 レニアス乱入。

「えっとー、話すって、なにを?」

「あなた、頭悪いんですか」

「うん」

「……僕、頭悪いひと、嫌いなんですよね」

 

 ラザが酷薄な眼でねめつける。

 いまにも叩き斬られそうな危うい気配にヒューライアーはあたふたして口を継いだ。


「あのう、そのう、すごーく前に、とってもすごーく前に、ヒューライアー公主なんて呼ばれていたこともあったよ。けど、そんな大昔のこと、あんまりよく憶えてないなあ……僕よりナディザード様に訊いた方がいいと思うんだけど」


 ラザはこれみよがしに、ぴた、ぴた、ぴた、と投射用のナイフを手の中で弄ぶ。


「誰です、それは」

「毎日ここに来て僕をぶつひと」

「それはレニアス・ギュラスです」

「じゃ、そのひと。過去見だから詳しく教えてくれると思う」


 ラザは無造作にナイフを一本投擲した。

 ヒューライアーの髪と頬を掠める。

 血が、つう、と滴り落ちる。


「うわわわわ。い、いたっ、いたいよ」

「うるさいです。過去見とはなんですか」


 二本目のナイフ。

 今度は脳天へ。


「ひー。ぼ、僕たち“能力者”の“力”のことだよ」

「僕たちとは誰のことです。“能力者”? “力”? なんのことです」


 ヒューライアーはきょとんとした表情で首を傾げた。


「なんだかなにも知らないひとと話しているみたいだなあ」

「ははは、いい度胸していますね、あなた。僕を、この僕を無知呼ばわりとは……ちょっと殺したくなっちゃいました」


 危険きわまりない笑みがひろがって、ラザの右手がかすかに動いた。

 ヒューライアーの掌に吸い込まれるような的確さでまっすぐに三本目のナイフが食い込む。


「いっ。いたたたた。痛い、痛いよ。刺さってる、刺さってるよ」

「次は喉笛です。死にたくなければとっととあらいざらい話しなさい。僕、忙しいんです」

「えーと。うーんと。……どこから?」

「はじめから」


 ラザはナイフを束にして手の中で捻りながら、繰り返した。


「あなたが本当に創世記に登場する物語の中のひとりだというのなら、その生のはじまりのはじめから」

「だめだ。なにも言うな、ヒューライアー」


 突然降ってわいた声に皆ぎくりとして身を竦ませた。

 多少のことでは動じないラザでさえも訝るほど唐突なレニアスの出現だった。


「あ、ナディザード様。ちょうどいいや、この怖いひとってエンデュミニオン様の――」

「なにも言うなと言っただろうが。黙っていろ。さもないとその口を真横に引き裂くぞ」


 ラザの長い指がナイフを掌に握り隠す。

 気配のない気配が投擲態勢に移っていることを意味していた。

 ラザはレニアスを一切顧みずにヒューライアーを睥睨したまま言った。


「あらいざらい話しなさいと言ったでしょう。僕の言うことをきけないんですか?」

「話すなよ」

「話しなさい」

「話したら殺す」

「話さなければ殺します」


 ヒューライアーが完全に窮した。

 ラザは無表情という表情を浮かべて瞳孔のみをレニアスへ向けた。


「……僕の邪魔をするんですね……?」


 間近で待機していたクナウド、ハートレー、ミザイアの三人の側近がいっぺんに緊張した。

 巷にて、あらゆる不吉な通り名を持つため“千の名を持つ男”と呼ばれる、聖徒殿きっての暗殺者、ラザ・ダーチェスター。

 武勇伝は数知れず、その卓越した技巧で歴代最多の“仕事”をこなし、いまや聖徒殿主長に最も近いとされる実力者。

 そのひとを、よもや怒らせるとは。

 明灰色の切れ長の瞳から感情が失せ、弛緩したように両脇に下がった腕やすっと伸びた背筋、重心を均等に取る長い脚から気配が消えた。

 殺戮は避けられないものと思われた、そのとき――


「そうじゃない」


 言って、レニアスがおもむろに聖服の襟元から前見頃をひらき、顎を持ち上げ、無防備に喉をさらした。

 それは聖徒としてあるまじき禁断の行為であり、同時に、聖徒間では絶対服従及び絶対忠誠の証を示す行為に他ならなかった。

 レニアスは瞼をおろして苦痛に耐えるように眼元を結び、思い詰めた表情をしていた。


「……なにかを訊くなら俺に訊いてくれ。他の奴になんて訊くな。俺がなんでも答える。なにも隠さないから、俺だけの言葉を信じてくれ。俺は絶対にラザにだけは嘘はつかない……ただ、もう少し、あと少しだけ時間が欲しいんだ。あとほんの少しの間だけ、いまのままでいたい。ラザの片腕の、ただの“レニアス・ギュラス”でいたいんだ……」

 

 ややあって、溜め息がひとつラザの唇から洩れた。

 眼に人間らしい感情が戻った。

 束の間の沈黙のあと、白手袋を嵌めたままの両手がゆっくりと伸びた。


「ばかめ」

 

 ラザはレニアスとの距離を僅かに詰めた。

 長い指が乱れた聖服を整えてゆく。


「いつも言っていますよね。僕、だらしのない奴、嫌いなんです。お願いなら身嗜みくらいきちんとしなさい。それになんです。今更こんな芝居じみた真似しなくとも君は僕のものでしょう。嘘も隠しごとも以ての外です。論外です。君が片腕? は、下僕の間違いでしょう。君は僕が拾ったんです。僕の命に服従する義務があるんです。僕が望む限り常に僕についているのは当然です。勝手な言動は――」

 

 ラザの声が途切れた。

 レニアスが問答無用でラザを抱きしめたのだ。


 やや物語が混沌としてきましたでしょうか。

 尋問編はあと小一話。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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