過保護主義
兄に比べれば、ちょっとかわいい? 弟です。笑。
「多夫多妻?」
ロキスはさすがに眼を剥いた。
そんな話は余所で聞いたことがない。
「つまり重婚が奨励されているんです。誰かを独占したかったら、本気で守らないと」
「ははあ。それであの態度か……なるほどね、この町のひとびとが、全員そうなわけだ」
「はい。あ、着きました。ここです、カイザの店」
そこはオトナのための歓楽街でも奥まったところにある家屋で、看板の類は一切なかった。
ただ、石造りの平屋建ての建物は壁面全体に滅び(ゼクト)の(・)竜と双頭の(・)巨人が相討ちとなって果てた場面が緻密なレリーフで再現されていた。
入ってすぐに受付があり、リアリがロキスを紹介すると黙って奥へ通された。
そこは様々な配色の絨毯が厚く敷き詰められ、赤、黒、灰色、茶色柄に織り込まれたどっしりした布地が天井から垂らされて、腕枕や座布団が四角く配列されていた。
そこでは、典型的なローテ・ゲーテの民族衣装を纏った大勢の老爺が思い思いにたむろしていて、三人が入っていっても一向に気を悪くしたそぶりもなく、興味を惹かれた様子もなく、悠々とおしゃべりを続けている。
リアリは深々と一礼し、一方的にロキスの名を告げて紹介した。
さしたる反応はないまま、寛ぎの間を過って、更に奥へと行く。
ロキスは黙ってあとに従った。
垂れ幕で仕切られた次の間へ入る。
手前に水甕があり、その横に水差し、ランプ、中央に絨毯と低い腰かけ、壁には砂絵がかかり、乳香の薫りが漂う。
控えの間だな、とロキスがぐるりを眺めながらそう思ったとき、不意に砂絵のかかった右の壁が回転した。
「お嬢!」
現れたのは、双子弟だった。
昨日と同じく全身黒装束である。
「来てくれたんだ。って、あれ、え、なんでこいつが……まさか、デート?」
ものすごい嫉妬の眼で睨まれて、さしものロキスも肝が冷えた。
双子兄も恐ろしい気性の男だが、離れてみると、弟の方も大差なく恐ろしい気性のようだ。
「俺を差し置いて、デート?」
「デートじゃないわ、町案内よ。デートなわけがないでしょう? デートは、あんたとラザとしかしない。わかった?」
「そ、そうか! そうだよな! ごめんなー、疑って。そうだよなあ、お嬢は俺と兄貴としかデートしないよな。そうだった、そうだった」
「いま、長老方にはご挨拶したわ。それからカスバの子供たちにも面通しは済んでる。花街の貴婦人方にもだいぶお目にかかったわ。ただ、最長老がいらっしゃらないようだけど……なにかあったの?」
「今朝から王城に呼ばれている。まだ帰ってないんだ」
リアリはカイザに寄った。ロキスの耳に届かないように、俯き加減で囁く。
「なにかあったの?」
「わからねぇ。ただ、最近ちょっと妙な奴らが出没している」
「妙な奴ら?」
「ああ。別になにか悪さをしたってわけじゃあねぇんだが、素性が知れねぇ。スライセンの住人でも、観光客でもねぇ、容姿はまちまち、言語もまちまち、時折ふらっと現れては、食糧やら日用品やらを買い込んでは、消えるんだ」
「消える?」
「尾行させても、うまくまかれる。文字通り煙のように消えちまうらしい」
リアリはちょっと考え込むしぐさをした。
「気になるわね」
「言っとくけど、俺が調べるから、お嬢は下手に動くなよ? お嬢に何かあったら俺が兄貴に殺されちまう」
「わかってるわよ」
「いいや、その眼はわかってねぇな」
カイザはぐい、とリアリの両肩を厳つい手で押さえこんだ。
ずい、と額をつきつけ、凝視する。
「だめったら、だめだ。いいな」
「だって、私の方でも――自警団でもなにかできるわよ」
「だめだ」
断固拒まれ、リアリは断念した。
「わかったわよ。でも、カイザも無茶しないでよ?」
「ああ。なにかわかったら、ちゃんと知らせるから」
ほっとしたようにカイザが笑う。眼に優しさが滲む。
「……ン、もう。そんな顔されちゃあ裏切れないじゃないのよ」
ぶつぶつごちて、リアリはふと気がついたようにきょろきょろした。
「ねぇ、エイドゥはどこ? 仕事?」
「しばらく見てねぇや」
「……またどこかで空腹で行き倒れてたりしないでしょうね。いやよ、お客に拾ってもらうの。こっ恥ずかしいったらありゃしない」
「ち、お嬢は優しいよな、あんな奴どこでのたれ死んでも別にいいのに……」
「カイザ」
「はいはい、ちゃんと子供たちに捜索願いを出すって」
「頼むわよ。あんなんでもローテ・ゲーテの国宝級だからね、勝手に死なれたら困るわ。じゃあまたね、仕事頑張って」
「俺頑張るよ! お嬢も気をつけてな」
建物を出ると、空気がすがすがしくて胸がすっとした。
ロキスはリアリに訊ねた。
「いつ俺が、長老方に挨拶して、カスバの子供たちに面通しされて、花街の貴婦人方にだいぶお目にかかったんだ?」
「いいのよ、センセイはそのままで。知らなくていいの。さて、町をぐるっと一周しましょう。日暮れまでには帰らなきゃ」
それから、駆け足でリアリは城下町を巡った。
観光客向けの施設が満載の中央通りから、一般住宅街や、市場、公園、商店街、専門店街、役所街、スラムまで。
最後に港をまわって家路についている途中、その騒ぎを目撃した。
人だかりができている。
ちょっと覗くと、中心に茶髪茶瞳の長身痩躯の男がいて、家の壁面を撫でまわしていた。
「……なんだって? 個人の住宅だからだめだって? ばか言っちゃいけないね!! この世のすべての石は僕のものさ! 即ちどこだろうと誰のものだろうとそこに石がある限り、僕には彫る権利があるのさ!! ごらんよ、この石の輝きを! この石は僕のこの黄金の腕に彫られるために存在するんだ。ああッ……彫らずにはいられない……!」
そして、一心不乱にノミを振るいはじめた。
家主や警備隊が必死になって制止にかかるが、ちぎっては投げられ、ちぎっては投げられて、男の腕は止まらない。
横で、リアリがまいったわね、と呟いて頭を掻く。
「……紹介します。あれが、エイドゥ・エドゥー。カイザのオトモダチ。石をなによりも愛していて、自分の好みの石を見つけると、ああなるの。天才は天才なんだけど、常識が欠落していて……まあ、とにかく元気なようだし、放っておいて帰りましょう」
「え。あのまま放っておくのか。止めなくてかまわないのか?」
「止められないわ。そんなことをしたら、怪我するのはこっちよ。途中邪魔した者は残らず排除するから。あれで滅法強いのよ。センセイも、もし見かけても手出ししないでくださいね。見て見ぬふりも、ローテ・ゲーテのお家芸のひとつです。大丈夫です、お腹がすいたら勝手に戻ってきます。さ、だいぶ遅くなりました。急ぎましょう。ああ、そうだ」
言って、たたらを踏んで、振り返る。
リアリの他に類をみない美しい碧青の瞳が一番星の如くきらめいた。
「快楽と娯楽の国、ローテ・ゲーテへようこそ。この国で手に入らないものは他の国でも手に入りません。あとは意のまま心のままに、欲しいものを手に入れて、この世の悦楽を味わってください」
さて、次話は、王子登場。並びに王子狂いの片腕登場。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




